「私は、くじけない」

◎仏には値いたてまつること得難し優曇波羅華の如く、又一眼の亀の浮木の孔に値えるが如し。

十歳のとき私は小児リューマチという大病になった。悪性で、ほとんどの関節がやられていた。水がたまって最後には固まった。寝たきりの毎日が八カ月続き身障者のレッテルを貼られるはめとなった。これが私の人生最大の挫折だったろう。生みの親にも匙を投げられ、たまたま子供のいなかった伯母夫婦の養女となった。それが私の運命の転機となったのである。私の養父母は法華経の信者で生きる事に真摯な人だった。特に母は他宗だった父を日蓮宗に改宗させたほどの強い意志の持ち主で決して過去を振り返らず、くよくよせず、何時も前を向いて生きていく人だった。だから治療のためといえば、どんなことも試みてくれたのである。

「仏には値いたてまつること得難し優曇波羅華の如く、又一眼の亀の浮木の孔に値えるが如し。私はお経との出会いに人間の力では及びもつかない異次元の計らいのようなものを体に感じたのである。「逆境は神仏から与えられた数少ないチャンスだ」こう考えると私を法華経に導いてくれた養父母、そのきっかけとなったリューマチにさえ感謝すべきだと思っている失敗、挫折、大いに結構ではないか、あの片目の亀さんだって、そんな経験を何度も何度もしているはずなのだ。

植野幹子さんの著書より

◎逆境は神仏から与えられた数少ないチャンスですね。