「まさに今聞く地涌の声」
◎其の罪畢え巳って命終の時に臨んで此の経を聞くことを得て六根清浄なり神通力の故に寿命を増益す。地涌の声を聞いた。経文にある地涌菩薩の声のことではない。大地から涌き出してくる火の山の叫び普賢岳の雄叫びを私は聞いたからである。私の往持する寺は二百年ぶりに起こった普賢岳の大爆発。その地区の中に私の寺の檀信徒は二百戸ほどある。幸い死傷者はないが菩提寺の住職として出来得る限りの援助をしなければならない。そう思って僧として何をなすべきかを考え、まずは祈る事ではなかろうかと思ったのである。そこで御盆を迎えたある日私は眉山に昇った。この山は島原の中心部から見れば普賢岳の前に位置し火砕流の盾となっており頂上には七面天女が祀られている。もちろん危険区域であるがなんとしても法味を捧げ諸天の守護を請いたいという願いが私の足を山頂へ急がせた。途中見れば避難地域の人々の家の墓は、御盆を迎え綺麗に掃除されている。この町の人々の先祖に対する思いは他のどこよりも強い。私はそのことを有り難くも誇りに思った。この大爆発を驕り高ぶった人間への戒めという声も聞く。その反省も大切だ。しかし反省の中から人々は生きていることの素晴らしさ人間本来のあり方を学ぶのである。 岩永泰賢さんの著書より
◎大噴火は驕り高ぶった人間への戒めですね。
=一乘会からのお知らせ=
8月21日、写経会(親睦を兼ねて納涼会を開催します)
お気軽にお越し下さい、お待ちしています
詳しくは一乘会のホームページをご覧ください。
⇓ ⇓ ⇓ ⇓ ⇓

