「人の本性」
◎衆生既に信伏にして意柔軟に一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず。
このご文は「我々の心の中に塵ほどの汚れも疑心もなく、ただ素直に優しい思いやり深い心で一心に仏にお会いしたい!と恋慕の想いをおこし身も命をも投げ出して法華経と共に生きる時そのとき仏はともにおられて我々は仏にいだかれている!」という仏の言葉であり「人の本性を見分ける根本心理」ともいえる。
発心して女僧修行を願い出た若い娘と、すでに年金をうけている人生経験の豊富な尼弟子との間で何故か事ごとに対立して歯車があわなくなって他の若者が心配した。私は全員を集めて問うてみた。そもそも仏道修行とは何のためにするものか、合掌とはどうゆう心でするものなのか寺とは一体どうゆう所なのか、そして末法の法華の行者とはどうあるべきか」と皆しばらく沈黙した。しばらくして若い弟子がポッリポッリと言ったのである。「仏道修行は人の苦しみを救うため合掌は仏さまを拝むためで、お寺はお経をあげたり修行したりする所です」そして私が言った。「お釈迦さまも日蓮大聖人も人々の苦しみを救い、この世を平和な国土にするため不自惜身命の御一代だもんね」。そして続けて「では、あなた達は人の心の中の叫び声が聞こえしかも生きた法華経が説ける末法の法華の行者になるために真剣に修行をしていると言えますか。仏眼を信じ人の仏性を信じて拝みあい、昼はひねもす法華経を論談し夜は夜もふけるまで要文読誦をして限られた身延山での仏道修行に身も命を惜しまずに精進していますと胸を張って言えますか」
と問うてみた。 松本光華さんの著書より
◎互いに懺悔しあいながら「我」をすてて深い仏縁で結ばれたいです。
