「友に限界はない」

(とう)正覚(しょうがく)を成じて広く衆生を度すること皆提婆達多が善知識に因るが故なり。

陽気な娘が沈んだ表情をみせた気になって「どうしたんだ」と聞きたいところだが日ごろ会話のパイプが細い父娘、本音を聞き出すのはやはり母親の役目となる。「度々登校拒否をしてクラスに全然友達がいない子がいるの。だれも相手にしないので私が付き合ってあげたら今までの友達が「あんな子と友達になるなら、もうあなたとは絶交よ!」と言われた。友人をとられた妬みなのか、それとも自分の領分外とかかわりをもった友人への反発なのか。私はその友達の心を測りかねた。娘の世代だけでなく往々にして「私」と同じものは仲間、異なるものは無関係という同族意識のような風潮がある。競争社会の中で生きている若者には、自分と異なる存在は無関係というより悪に近いものかも知れない。だから「まず自分の論理ありき」で人から自分の生き様を忠告されたり批判されたりすれば我が身を振り返ることなどサラサラなく、その相手に反論するか無視をする。一生涯、弘教する釈尊の前に立ちはだかって迫害を加え続けた提婆達多を自分に苦しみや困難を与えることによって常に油断せず精進させ覚らせてくれたのだから実に有難いことだと釈尊は言われた。「今の世間をみるに、人をよくなすものは味方よりも強敵が人をばよくなしるなり」と東条景信や極楽寺入道など法難の敵人を法華経弘通の中で「われに上行菩薩の自覚を与えてくれた者共」と見据えられたのが日蓮聖人であった。私たちは、およそ世の中で出合う困難を釈尊が提婆達多を日蓮聖人が法敵を「善知識」と受け止めたと同じように自分の生き方の指標を与えてくれるものと体得できるには甚だ未熟であろう。 遠藤文祥さんの著書より

◎「善知識」として認めることは難しいですね。

 

=一乘会からのお知らせ=

一乘会では毎年バスにて1泊2日で参拝を行っています

本年度は身延山久遠寺と玄妙寺(磐田市)を参拝する事が決まりました。

  身延山久遠寺

日程7月23日~24日です

ご一緒に参拝しませんか(身延山で唱題行を一緒してみませんか)

会員への強要は一切いたしません、ご安心ください

詳しくは一乘会のホームページをご覧ください。

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http://ichijo-123.net