「法悦精進」
◎情に妙法を存ぜるが故に懈倦なかりき。
信仰が人生とって素晴らしいと思うのは自分の心の中の仏さまの存在を確実に認知できることであろうと思う。このお経文の懈倦とは「懈り倦む」と読み、つまりは「なまけるな」ことである。とかく、人間というものは苦しいことはさけて、何とか楽に要領よく、さらには人が見ていなければーーーとずるがしこく生きようすることが多い。こうした心、善事をおこたり悪事にはげむ心、その心をお釈迦さまは懈倦と見破っているのである。心に妙法を待ち信仰に生きる人は自分の心の中の仏さまと他の人の心の中の仏さまを平等に大切にする。そして「上求菩提下化衆生」の菩薩行が自然に身についてくるものである。こうした心を持つ者は自分が満足する人生を生きることができるだけではなく他からも尊敬され頼りにされるので、ますます己を磨くため信仰にはげむようになるものである。
こうした不思議な力、妙という境地であろうか、こうしたことを体験するたびに、たしかに仏さまは常に私たちを守っていて妙法を持つ者として、その場面場面おいてその人の行動と心の中に入り、その人の行動となってあらわれてくるという本仏の実在を感ぜずにはいられないのである。そして、そのことが妙法を持つ者にとって、どれほどの生き甲斐となり、はげみとなるか。それは文字や言葉であらわすことがきぬ法悦となり人をして精進に向かわしめるのである。 佐藤策郎さんの著書より
◎自分の心の中の仏さまの存在を確実に認知したいですね。
=一乘会からのお知らせ=
一乘会では毎年バスにて1泊2日で参拝を行っています
本年度は身延山久遠寺と玄妙寺(磐田市)を参拝する事が決まりました。
身延山久遠寺
日程7月23日~24日です
ご一緒に参拝しませんか(身延山で唱題行を一緒してみませんか)
会員への強要は一切いたしません、ご安心ください
詳しくは一乘会のホームページをご覧ください。
⇓ ⇓ ⇓ ⇓ ⇓

