「自分を変える努力」

◎此の経は持ち難し

女性方が数人集まって、いわゆる井戸端会議をしている。そこではまず例外なく、お嫁さんやお姑さんの悪口が飛び出してくる。こうした情景は、お寺の集まりでもしばしば見受けられることだ。私はそれを必ずしもいけないこととは思っていない。世代も生活様式も食生活も娯楽、嗜好も、まるで違う者同士である。一緒に暮らすなり家族の一員として付き合っていれば、どうしても摩擦が起きたり不満がたまったりするだろう。愚痴のこぼし合いがいくぶん摩擦解消になるなら時にはそれも悪くない。ただ、いつまでもそのレベルにとどまっていては、いかにも人生がつまらないものになってしまう。数年前に夫を亡くした彼女は長男夫婦と一緒に暮らしている、一人暮らしでは何かと不自由だからと同居することになった、はじめのうちはお互いに気を遣い合っていたせいか、結構うまくやっていたのだが次第に慣れてくるにつれて、どことなく不協和音が出始めてきたのだった日常生活の中でのことである。いつまでも表面を取り繕ってばかりいられないのだ「思うようにいかないものですねぇ。はじめは、きっとこうしょうと誓っていてもどうにも我慢できなくなってしまうんです」我慢とは、自分の主義主張を保ったままで相手に合わせようとすることでもある。当然、自分の気持ちを抑圧するわけでストレスがたまり、いつかは爆発する。せっかく相手の立場や気持ちを理解して行動しょうと誓っても、お互いに自分の我にしがみついたままでは、いつまでも自分は変えられない。自分の心でなく仏の心、そのためにはまず自我を捨てなければならない。           田島辨行さんの著書より

◎我を捨てることは、とても難しいですね。

 

=一乘会からのお知らせ=

一乘会では毎年バスにて1泊2日で参拝を行っています

本年度は身延山久遠寺と玄妙寺(磐田市)を参拝する事が決まりました。

  身延山久遠寺

日程7月23日~24日です

ご一緒に参拝しませんか(身延山で唱題行を一緒してみませんか)

会員への強要は一切いたしません、ご安心ください

詳しくは一乘会のホームページをご覧ください。

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http://ichijo-123.net