「無限の可能性」

内衣(ないえ)の裏に無価(むげ)宝珠(ほうじゅ)あることを(さと)らず

ある貧乏になってしまった人が今は祐福な暮らしをしている親友の家を訪ねた。

親友は喜んで歓待した。その人は久々の美味しいお酒とご馳走に満足し、日頃の疲れもどっと出て寝てしまった。親友はあくる日朝早く

仕事に出掛けなければならないので彼は、この哀れな友の事を思いそっと、その着物の裏に家でも何でも買えるほどの高価な宝石を縫い付け朝早く仕事に出掛けて行った。やっと目覚めたその人は何も知らず親友の家に別れを告げ相変わらず、その日暮らしの生活を自分の力に合った生活と諦め諸国を放浪していた。

それから何年かが過ぎ去り、ある時その歓待してくれた親友に路上でばったりと出くわした。親友はびっくりして「バカだな、どうして君は、まだそんな恰好をしているんだい。あのとき君には言う間が無かったんだが君のためにあんなにも高価な宝石を着物の裏に縫い付けておいたんだよ、ほら、ここにあるじゃないか。気が付かなかったのかい」と、これが「五百弟子授記品第八」の「衣裏繋珠」の譬えの一節。お釈迦さまの弟子になりながらも小乗の阿羅漢の位までの悟りに満足し、これ以上の悟りは自分達には無理だと諦めていた五百人の弟子達がいた、この弟子達は、この「五百弟子授記品」で初めて「自分達も本当の悟りの道へ、本当の仏の道へ進むことができる。本当の仏なれる」と聞いて大変喜んだ今までの哀れな自分達の姿を貧乏人に譬えた話である。この世のすべての人は仏の子であり仏と成れる人なのだ。本当の値打ち可能性、力というものは計り知れないものがあるのだ。              吉本光良さんの著書より

◎すべての人は仏子であり仏になれるのですよ。

 

=一乘会からのお知らせ=

一乘会では毎年バスにて1泊2日で参拝を行っています

本年度は身延山久遠寺と玄妙寺(磐田市)を参拝する事が決まりました。

  身延山久遠寺

日程7月23日~24日です

ご一緒に参拝しませんか(身延山で唱題行を一緒してみませんか)

会員への強要は一切いたしません、ご安心ください

詳しくは一乘会のホームページをご覧ください。

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http://ichijo-123.net