「ひぐらし」の話
◎衣食の為の故に勤力求索すること甚だ大に艱難なり。
若し少し得る所あれば便ち以って足りぬと為す。
ひぐらしと言っても蝉のことでなく生きてゆくためにはと懸命に働き、どうにか衣食住は確保し、少し余裕ができればもう安心、年をとったら好きなことでもやってのんびりしょうという日暮らしのことである。これで一生を終えてしまったら多少暮らし向きが良くなっても何かが欠けているようで結果的には「その日暮らし」とあまりかわらないのではないか。確かに働くことは良い事だ。でも自分が生きてゆくために働くだけだったら大半が「我がため」ばかりになっているのではないだろうか。こんな譬えがある、「いっまでも有ると思うな親と金、無いと思うな運と災難」親と金がいっまでの無いもは当然。また運は無いと思うなというのは少し期待が持てる。でも災難の時はどうか、いつもの自分はどこへ失ったのか「なぜこんなことに」と考える人ばかりだ。これは「まだたいした者になっていない自分に起こった当たり前の結果なのかも知れない」ということを忘れ、いつの間にか増上慢になっていく「そんなはずはない」という心がとても強くなっていたということなんだろう。他者のためにという心は本来は誰で持っているのだと思う。しかし、いつもそうではないし弱い心根の部分なのだろう。もし「他者のために」という心根が強ければ人助けにもなり世の中の役に立つ力にまでなるかもしれない。そういう人になろうとしてゆけば仏さんの方が放っておかないだろう。必ず運も良くなり不慮の災難などには遭わなくなるはず。仏の種を一生懸命育てているのだから。 鈴木國守さんの著書より
◎何時の間にか増上慢になっている悲しい事ですね。
=一乘会からのお知らせ=
一乘会では毎年バスにて1泊2日で参拝を行っています
本年度は身延山久遠寺と玄妙寺(磐田市)を参拝する事が決まりました。
日程7月23日~24日です
ご一緒に参拝しませんか(身延山で唱題行を一緒してみませんか)
会員への強要は一切いたしません、ご安心ください
詳しくは一乘会のホームページをご覧ください。
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