2018年5月7~11日 ドイツへ
5月7日(月) 晴れ
午前5時 徳島松茂発のバスで関西国際空港へ
バス、フィエアー便(エアバス350A)とも多くの乗客が搭乗
関西国際空港 フィンエアー便 搭乗口
午前10時45分発 ヘルシンキ空港経由午後6時30分ベルリン着
ヘルシンキは初めての空港だが、乗換は無事完了。
旅行会社日本語係員Kさんとドイツ人ドライバーが出迎え。
ドライバーからベルリン来訪歓迎の握手を求められ握手。
Kさんは東京出身、ドイツ滞在歴20年程、この地に骨を埋めるらしい。
Kさんから車中、観光スポットなどの情報を聞く、多くの店は
午後8時閉店だが、ベルリン中央駅地下のスーパーマーケット等
は午後9~10時頃まで営業、またフリードリヒ2世をドイツ人で
知らない者はないとのこと。
Kさんによるパークインバイラディソンベルリンアレキサンダープラッツ
ホテルチェックイン手続き後、午後8時前私はベルリン中央駅に
いくためホテル近くのSバーンアレキサンダープラッツ駅へ
ホームにあるCUCCIS(ホットドッグなど販売、一つ3ユーロ~4ユーロ
ほど日本のものより大きめ・硬め営業時間は未確認だが、
早朝~夜遅営業)を見つけ,ホットドックを3つと駅前でワインを購入。
ホテルに帰り、これらを飲食後、就寝。
滞在中8~10日、このホットドッグを一日に一つ昼食用に購入。
5月8日(火) 晴れ
フリードリヒ2世(大王) 1712~1786
参考文献 週刊ユネスコ世界遺産、フリードリヒ大王について中公新書、
清水新書、次のサンスーシ宮殿も同じ
1618~48 30年戦争後、ドイツは300ほどの小国家に、
この状況からホーエンツォレルン家が台頭。
1701年 プロイセン王国成立 ホーエンツォレルン家の
フリードリヒ1世が王座に
1740年 フリードリヒ2世が即位。
18世紀 激動のヨーロッパ 諸国が激しく覇権を争う時代 フリードリヒ大王は
辺境の小国を率いてヨーロッパの列強と戦い、啓蒙専制君主と呼ばれる。
大王はサンスーシで友人や客たちとくつろぐことをこのんだが、晩年、
王の近親者がサンスーシを訪れるのは稀であり、古い友人も先に亡くなり、
散歩の友はグレイハウンド犬だけに
現在、王の墓はこの死んだ愛犬と並んでいる。
1785年初秋 シュレージェンにおける大演習統監、健康を害す。
1786年になって体力の衰えを自覚すると、8月15日まで毎日早朝4時交互に
四人の大臣を引見、政務の報告をきき、必要な指示を与えることを日課。
最後の数週間は安楽椅子にもたれたままで呼吸困難などにより不眠が続き、
8月17日死去。
46年にわたる統治の時代、プロイセンの領土は11万9千平方
キロメートルから19万5千に増え、人口は224万人から543万人
へそのうち22万が軍務につき、軍事大国の一つとなる。
ただし、当時フランスの人口は2500万人。
王の周囲には延臣、従僕がいることもあって王は充実した
人生を送ったと思う。
ドイツを代表する人物の一人である。
サンスーシ宮殿
見晴らしの良い丘にある
サンスーシとはフランス語で「憂いなし」を意味。
1745年 フリードリヒ2世の命により着工、47年完成、内装は翌年完成。
フリードリヒが自ら構想をスケッチ、友人の建築家クノーベルスドルフ
が設計。
一日のうち10時間を国務に、4時間を読書と著述に、2時間を音楽と社交
に捧げる大王は活動に便利な、平屋建てのこじんまりした宮殿を望んだ。
東西約100m、主な部屋数は10室。
ただし、室内装飾」には出費を惜しまなかった。
1758年 苦境にあった46歳のとき、友人であるフランスの著述家
アルジャンス候に次のような手紙を書く。
「自分は、僧侶のようにこの冬を過ごした。ただ一人で食事をし、読書と
著作三昧に日を送った。人は、悲しいときには、その悲しみをかくしきれ
ないものだ。不断の努力以外には、自分の苦しみを忘れさせてくれる
ものは何もない。働いている間は、いやな考えが自然に追い払われて
出てこないが、それが終わると、前より」いっそう強く出てくるのには
閉口する」。
生老病死に伴う憂いについて最小化の観点から、忙しく活動しながら
この世をかけぬけていった印象。
朝食はホテルのヴァイキングを2人分近く食べる。
午前9時頃 アレキサンダープラッツ駅で1日乗車券(ABCゾーン、
7.7ユーロ)と昼食用のホットドッグ一つ購入。
切符はホームにある自動刻印機で刻印、私にはベルリンウェルカムカードより
有利なので1日乗車券を選択。
ポツダム中央駅まで35分程(普通)、駅南側バス乗り場 4番 695番バスに乗車、
サンスーシ宮殿へ
チケット・15ユーロ(オーディオガイド付き、入場時刻 12:15)
売り場そばに有料トイレ(1回50セント)。
入場時刻まで宮殿周辺を散策。
日本語オーディオガイドを聞きながら各部屋を1時間程で見学、内装は
当時出費をおしまなかっただけあって、今でも豪華さを感じる。
大王の後の主が建物、内装を増改築、たとえば当時、浴室はなく
(湯をいれた浴槽などを使用)、バス・水洗トイレを追加。
見学後、宮殿そばの長椅子に腰かけてホットドッグの食事。
695番バスでポツダム中央駅へ
Sバーン7の電車に乗車。
ヴェストクロイツ(Westkreiz)駅で運行停止。
鉄道関係者によるとファイヤーとのこと、何らかの火災が原因らしい。
上の階の別路線のホームにいき、困っていると、同じ電車に乗っていた
60歳ぐらいのドイツ人婦人から「どこまでいくのか」と声をかけられた。
その人は当初、フリードリヒシュトラーセ(Friedrichstr)駅でSバーン7から
Sバーン2に乗換予定。
アレキサンダープラッツ駅と答えると、その人は迂回してズュートクロイツ
(Sudkreuz)駅経由でフリードリヒシュトラーセ駅へ向かうので、私も同行させてもらえる
ことになった。
ズュートクロイツ駅にてSバーン2に乗換。
車内でその婦人のはなしたことが「・・・LONG ・・DAYS・・・」
と聞こえたので、「YESTERDAY FROM JAPAN」 「FOUR
DAYS」 「JAPANESE」(昨日、日本から来訪した日本人で
4日間滞在します)といえば、
TOKYO?
NO、
KANSAI(徳島を知らないだろうし、関西空港発、徳島は
関西広域圏に含まれると思って)と返事。
また、その人はホテルでもらったベルリン交通路線図にフリードリヒ
シュトラーセ駅で乗り換えるべきSバーン3ERKNER行きなどを書いて
くれた。
親切な人に偶然出会って幸運である。
「THANK YOU VERY MUCH」と謝意を伝える。
夕方 ホテル着
しばらく 休憩後 ホテル前のガレリア・カウフホーフへ
食品売り場でパン、生野菜、ウィンナ-,ワインなど合計24.95
ユーロを購入。
ホテルの部屋にて食事、就寝。
5月9日(水) 晴れ
ホテルのヴァイキング朝食を1.5人分程。
駅で1日乗車券(ABゾーン 7ユーロ)と昼食用のホットドッグ一つ購入。
イーストサイドギャラリー 壁画
Sバーン オスト駅下車、駅そばのシュプレー川沿いのミューレン通りの
壁の壁画を見学。
ブランデンブルク門
Sバーン ブランデンブルク門駅下車、門の周辺には多くの観光客が
集まっている。
Sバーン ポツダム広場駅下車
駅近く商店街モール(20~30店)にある有料トイレ(一回50セント)へ
モール内の長椅子でホットドッグの昼食・休憩。
ポツダム広場バス停から路線バス200番に乗車
LUSTGARTENバス停下車
ベルガモン博物館
料金12ユーロ(日本語オーディガイド付き)へ
日本語オーディオガイド聞きながら見学。
LUSTGARTENバス停から100番のバスで逆方向のツォー駅へ
ツォー駅が100,200番の発着駅のため、100番バスに乗車して
市内中心部を車窓から眺めながらアレキサンダープラッツへ
中心部の見どころを巡るなら100番、200番のバスは便利。
夕方 ホテル着
ガレリア・カウフホーフへ
寿司、生野菜、南蛮漬けの魚(国外の店で南蛮漬けの魚は初めて、
まあまあ うまい)、ビールなど合計24.32ユーロ
ホテルの部屋で飲酒、食事して就寝。
5月10日(木) 晴れ
今日は帰る日で、それほど活動しないからヴァイキング朝食は1人前程。
アレキサンダープラッツ駅ホームで昼食用ホットドッグ一つ購入、
午前8時30分過ぎ ホテル近くのバス停からテーゲル空港(TXL)行き
バス(2.8ユーロ)に乗車。
TXL着 しばらく休憩後
フィンエアーのチェックイン手続き
係の人に「AISLE SEAT」(通路側の席)と書いたメモ用紙を見せたところ、
ヘルシンキから大阪行きが42Aになったので窓側の席しかないのかな
と思った。
しかし、飛行機内のこの部分は41番から始まり、41は2列シートで42は3列シート
42Aの前にシートがなく、気軽に出這入りできる、すなわち通路側の機能を
備えた窓側のシートである。
係の人はベテラン?上手と感じる(ベルリン~ヘルシンキ間の飛行機・AY1434便
は24Eで3列の真ん中の席)。
ヘルシンキ空港にて大阪行きに乗換
AY1434便の到着ゲートから徒歩で出国審査・自動出国ゲートを出て大阪行きの
ゲート55へ
その間、東アジアよりきたと思われる多くの旅行客を見かけ(ベルリンへ行くときと
同じ)、ゲート54のバンコク行きにも多くの搭乗客が並び、ヘルシンキ空港は
東アジアとヨーロッパをむすぶ主な中継点の一つで、ロンドン、パリを旅した経験を
併せて考えるとヨーロッパは米国と同じく、世界中と人的交流がある。
ただし、「合衆国」に関してがヨーロッパと米国の相違点.の一つである。
午後4時45分 大阪行きに搭乗開始
通路側2席(42BC)が小さな子供とお母さんだったので、42A席をその親子連れに
譲って私は通路側の席(42C)へ
大阪到着時 お母さんから「ありがとうございました」とお礼があった。
5月11日(金) 晴れ
午前8時55分 関西国際空港着
午後 徳島着
ドイツを旅して
ドイツのことを少し知り、ヨーロッパが今までより少し見えるようになる
たとえば、イギリスは周囲が海のためヨーロッパ大陸の覇権争いから
一定の距離をおくことができ、主に海洋へ進出
フランスは地理的にもドイツとイギリスの間
共通通貨ユーロ、最近 イギリスが設置した孤独担当大臣などには
関心をもっています。
2018年5月25日(金)




