アメリカ・ワシントンDCへ旅 | ab2221のブログ

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多くの博物館、美術館などがあるため、2015年5月26日(火)~2015年5月31日

(日)、ワシントンDCへ


26日(火)


徳島から羽田を経由して成田へ、成田ゲートウェイホテル宿泊。徒歩10分程にあるコンビニで当日の夕食と翌日の朝食用の食品を購入。


27日(水)


成田空港 午前11時発 ANA便でワシントンDC ダレス空港へ


27日(水、ワシントンDCなどアメリカ東部標準時、日本との時差13時間)

ダレス空港 午前10時40分着。


日本の旅行会社・J社の日本語係員Aさん(現地旅行会社・T社社員、福岡県出身、男性)運転の車でワシントン ヒルトンへ。

車中、話題が日本の肉親間殺人事件に及び、Aさんは仕事で年に数回 日本へいくそうです。

帰りのANA便にて、米国人グループおよび日本人(または日系人)の添乗員を見かけ,Aさんの仕事は

添乗員だろうと推測。帰国後、米国の人種間殺人事件の発生を知って、日本の肉親間殺人事件を思い浮かべました。


ワシントン ヒルトン着。

フロントから当ホテルに予約がないといわれ、T社を通してJ社へ連絡。その結果、ワシントンにヒルトンが二つあり、別のヒルトンに予約したため、その取り直しをすることに。

待っている間、午後1時過ぎ Aさんと近くのアダムス・モーガンにあるTono Sushi(殿寿司)で昼食。

ここは寿司以外もあり、もやしの煮物、みそ汁、天ぷら・かっぱ巻き・肉などのランチを注文、取次の年配女性は日本人のようです。食事代は一人 税、チップ合計14ドル 内容、代金とも まあまあです。

Aさんによれば、ワシントンDCの酒類販売は専門店中心で、スーパーマーケットはビールぐらい

のため,殿寿司近くの店で中ビール6本セットと300ml程のワイン4本セットを購入(約17ドル)。

滞在中 酒類はこれだけです。

Aさんにワシントン ヒルトンOKとの連絡があり、午後3時頃 チェックイン、Aさんはホテルの部屋まで

私を案内。

少し休憩の後、ホテル周辺の様子を知ろうと旅行ガイドの地図(拡大版)を持ち、外出。

Hana Market(日本食品の専門店)に立ち寄り、一セットの納豆を買う(値段は日本の2倍程)。次に

M Dupont Circle(地下鉄 デュポンサークル駅)そばのCVS(ドラッグストア)で10ドル(カード代2ドル)のスマートリップ(ワシントン首都圏交通局発行のICカード、地下鉄、バスに乗車可)を購入。地下駅に降りて10ドル チャージ。

駅から徒歩3分程のSAFEWAY(スーパーマーケット)へ。酒類はビールだけのようです。

夕食・朝食用にCalifornia Roll Sushi(巻き寿司の一種)を2パック、ハム・レタスなどのサラダセットを

2つ、果物、スライスサラミ1パック等を購入(合計約25ドル)。滞在中 夕・朝食用食品はこのSAFEWAY

で買い、一度の買い物につき 大体 20ドル~25ドル。

地下鉄デュポンサークル駅~ホテル 徒歩 7~8分。

午後6時前 部屋に帰ると、予約取り違えのお詫びについて、J社からの電話とT社からの差し入れ

(チーズ・果物のセット)あり。

栓抜き(ビール)の購入を忘れたが、偶然 出会ったホテルの従業員で工具を持った人に1本 栓を

あけてもらってありがたかったです。

California Roll Susiなど 食べながら ビール・ワインを飲み、ともかく 1日 無事に終了。

なお、

Roll Susiには醤油・ガリ・わさび あり、ただし、わさびがマヨネーズに似た色のためマヨネーズと思って

食べたところ、辛さで口中が焼けつくようになり、わさびがグリーンでないとは!ところ変われば品変わり

ます。


27日(木)


ワシントンDC市内観光ツアー

国会議事堂(外観 約15分)、ワシントン記念塔(車窓)、ホワイトハウス(外観 約10分)、アーリントン国立墓地(J・F・ケネディの墓 約60分)、ジェファーソン記念堂(車窓)、タイダルベイスン(車窓、 ポトマック川の一部を埋め立て、川の水位を調整するための池で、上野・不忍池の4倍程の大きさ、埋立地が公園に、そこにジェファーソン記念堂、有名な桜並木などがある)、リンカーン記念堂(約30分)、FBI本部(車窓)、国立航空宇宙博物館(約60分)。


午前9時30分 観光ツアー・ガイド Bさん(T社社員、千葉県出身 女性 夫は米国人)がホテルへ迎えに。

運転手の人は日本語がわからないようなので、尋ねるとモンゴル出身とのこと。

ニューヨークから日帰りで、アムトラックを利用してこのツアーに参加する6人(ほかに2人が後で合流した

ので合計8人)を迎えにユニオン駅へ。待っている間にBさんが駅構内の土産物店で見つけてくれた

栓抜きを購入。これは思いがけず旅の記念品になり、また栓抜きとして使用。


午前11時頃 ユニオン駅 出発

各観光ポイントで多くの人を見かけ、議会は開催されておらず、オバマさんはフロリダ滞在とのこと。
アーリントン国立墓地にて、Bさんが「ケネディさんのお墓参りにいきましょう」というのを聞いて訪ねました。多くの観光客は墓参に来ているとみることができます。

午後1時過ぎ~午後2時過ぎ 国防総省近くのフードコートにて各々食事。

いろんなファーストフード店があり、たくさんの食事客で混雑。

私はMAKI of JAPAN で油いためライスに照り焼きチキンをのせたフード、飲み物を購入。約10ドル、

ボリュームある。このとき、昨年5月 ロンドンの日本語係員の人(横浜市出身、女性)が「こちら(英国)の人はたくさん(日本人より)食べますよ」といっていたのを思い出し、米国の人も同じようです。

タイダルベイスン 車窓。

日本から贈られた桜は、今やすっかりワシントンDCの花になっており、National Cherry Blossom Festival(国家桜の花祭り=さくらまつり)の1カ月程前には、タイダルベイスンの貸しボートはウェブ予約で、いっぱいになるそうです。 

リンカーン記念堂へ。
Bさんに記念写真を撮ってもらう。

パソコンに、まだ慣れていないため、写真がこのような形になっています。


ホワイトハウス前にて


リンカーン記念堂にて

FBI(車窓)

無法者の襲撃に備えるため、1階には何もなく2階以上が事務所とのこと。


なお、今朝 パスポートなどをホテル・フロント横セイフティボックスに預け、カギを受け取って上着ポケット

にいれた。当日 暑かったため国会議事堂前の広い通路で上着を脱いだとき、カギをおとしたようです。

地理不案内な国で、一人 引き返せないためツアー・コースにしたがって動きながら、T社を通してホテルへ連絡。午前9時~午後2時にフロントへ申し出れば担当者が本人(私)の目前で工具を使ってあけ、費用は125ドルとの返事。29日帰るため、明日・28日にパスポートが戻れば間に合うので少し安心、また、昨日 Aさんより手渡しされたT社便利ノートにホテル・セイフティボックスのカギは一つしかないため、紛失した場合には実費自己負担の記載があり、今後 充分 注意せねばと反省。

帰国後、この125ドルは海外旅行傷害保険の賠償責任特約から支払われている。 


ツアー・コース最後の国立航空宇宙博物館では見学時間が約1時間ある。そこで、T社にお願いして

、カギを捜すため近くにある国会議事堂へT社の車で往復。

議事堂前の通路では見つからず、警官に、持っていたほかのカギを地面へ落とす動作をしながら、片言の英語と身振り・手振りで尋ねましたが、結局 見つかりませんでした。


国立航空宇宙博物館に戻って見学。

レンタル携帯電話にてT社へカギが見つからなかったと連絡、車の使用など お礼。

見学がワシントンDC近郊の小・中学校の公式行事らしく、同じ黄色のシャツを着た多くの学生さんを

見かけ、とにかく、たくさんの人で混雑。

ここはアメリカの科学技術大国の一面を表しています。


午後4時30分過ぎ ニューヨークからきた8人はユニオン駅へ、私はホテルへ。

一休みしてから、SAFEWAYへいって食品購入。

ホテルの部屋で飲酒、食事。午後9時前に就寝したが、午前0時ごろ 目覚め、多少 パスポートのことが

気になり、2度寝は明け方近く2時間程。


28日(金)


午前9時過ぎ フロントで I LOST SAFTEY BOX KEY(カギをなくした。旅行英会話の本を参考

)と申し出たら、担当者はOH!・・・ANY MONEY ・・・・・(と聞こえた)、さらに片方の手で1、もう一方の手で2、5と表現。私は昨日 T社から125ドル費用が必要と聞いていたので、OKと返事。しばらくすると、技術担当者が工具であけ、パスポートを見てほっと一安心。

フロントに MONEY NOW?というとNOWと返事。

125ドル支払って、Thank You Very muchといえば、フロントは What・・・?。そこで、私は

Thank Youといって領収書を受領。

多分、フロント担当者の気持ちは 125ドル損したのに何を感謝するの?と思う。

私の気持ちは 125ドルが保険支払い対象になるため、何よりパスポートを手にしてありがたい。

片言の英語、身振り・手振りで必要最小限の意思疎通は可能。しかし、さらにその先は一定の「聞く・話す」がなければ難しいと感じます。

レンタル携帯電話でT社へ手数をかけたことについて、お礼の電話。


午前10時過ぎ ホテル出発 地下鉄Archives駅下車


一  ナショナル・ギャラリー・オブ・アート


1937年、上下両院の合同決議により、金融業者、美術品収集家、そして連邦政府高官でもあったアンドリュー・W・メロン氏の寄贈を受け入れるかたちで、アメリカ合衆国国民のための施設の創設が決定。

1941年3月17日、フランクリン・D・ルーズベルト大統領がアメリカ合衆国国民を代表してナショナル・ギャラリー・オブ・アートの引き渡しを受けました。

メロン氏の寄贈は絵画、彫刻作品であり、その後、多くの個人寄贈者から美術品が寄贈され、現在も続いています。


西館1階インフォメーション・デスクにて日本語のマップと館内ガイドを手に入れ、2階のオーディオツアー・デスクへ。そこで、オーディオガイドしている26の絵画を示したパンフレットとともに、日本語の無料オーディオガイドを借りる(IDが必要、パスポートの提示でもOK)。

一つの区画にソファーをおいて、いくつかの絵を展示、そのような区画がたくさんあり、それぞれがつながっています。


代表的な日本語オーディオガイド対象の絵画について


ジネブラ・デ・ベンチの肖像  レオナルド・ダ・ビンチ作


当時、女性の美について、徳と関連 している、 すなわち 美しい人は徳があり,徳がある人は美しいと

されていたようです。


アルバの聖母子  ラファエロ作


当時、女性を絵のモデルにはしない。聖母のモデルは、下絵を描いていたラファエロの若い男性弟子の一人といわれているそうです。


私はソファーにゆっくり腰かけて音声ガイドを聴きながら、有名な絵画の理解を深めることができて、ありがたかったです。


多くの鑑賞者を見かけます。


午後1時30分頃


国立公文書館前の道路上の移動販売車からアイスクリームを買って食べ、同じような人が何人かいる。


一  ニュージアム  20世紀以降のニュースを専門にした博物館


入場料 25ドル程


1階のインフォメーションデスクで日本語の館内ガイドについて尋ねたら、ないと返事。しかし、3階を見学

中、インフォメーションデスクの人が日本語館内ガイドを届けてくれ、感謝。そのガイドによれば、6階から1階へ降りてくるのが見学の順番です。


1941年12月 日米開戦を伝える新聞一面の WAR という大きな文字、1945年8月 

原爆投下と大戦の終結に関する新聞、そして2001年9月11日の米国同時多発テロを扱ったコーナー

にある世界貿易センタービル屋上に立っていたアンテナの残骸が印象的です。

私が見たとき、スミス大画面シアターではベトナム戦について上映。技術進歩など 時代の変化に

より、世界中の関心をもつ人が見ていた戦争です。


地下1階のレストルームでアップルジュースとチョコ菓子を購入。これと先ほどのアイスクリームが昼食。


多くの見学者がいます。


一  国立アメリカ歴史博物館


昨日の国立航空宇宙博物館と同じく、小・中学校の学生さんをたくさん見かけ、いろんな人で混雑。

私はイギリスとの独立戦争のコーナー、第2次世界大戦 World War Ⅱにおけるドイツ、イタリアの

首脳とともに日本の東条元首相の顔をプリントした大パネルが印象的です。


一  フリーアギャラリー  東洋美術とアメリカ美術を専門的に収集している美術館


日本の屏風絵などを鑑賞。


午後5時過ぎ

スミソニアン・アメリカ美術館&国立肖像画美術館へ(午後7時まで開館)。

地下鉄 Smithsonian駅 乗車。


一  スミソニアン・アメリカ美術館&国立肖像画美術館  地下鉄 Gallery Place Chinatown駅 下車


スミソニアン・アメリカ美術館のインフォメーション デスクにて英語の2015年春・イベント カレンダーを入手。


国吉康雄(岡山県出身、20世紀前半 ニユーヨークを中心に活躍した洋画家)の展示会(4月3日~8月30日)を見学。


4月4日 11:30am-3pm National Cherry Blossom Festival(さくらまつり)の一環として、Cheery Blossom Family Celebration(桜の花科祝賀)を開催。イベント カレンダーに、幾人かの着物姿の女性が桜の小枝を手に踊っている写真を掲載、日本の伝統的踊りも行事の一つです。

一  国立肖像画美術館


歴代大統領の肖像画などを展示。

ブッシュウさん(父子のうち子)の肖像画から穏やかな印象を受けます。


午後7時前 地下鉄 Gallery Place Chinatown駅 乗車。途中、Safewayで食品、お土産を買って、

午後8時過ぎ ホテルへ。

1日 歩きまわった疲れと酒の酔いで午後10時頃 就寝。


29日(土)


午前9時過ぎ チェックアウト。T社が迎えに来る場所で部屋ドアのカード拾得、FIND(見つける、旅行英会話の本から)といってそのカードをフロントへ届けた。


午前9時30分

Cさん(T社社員、兵庫県出身、男性)運転の車でダレス空港へ

Cさんが44才と聞き、私は事情により40才前から物品の配達業務(宅配便)に従事、40代を宅配便で走りまわった経験から、40代はまだまだ若い、体力面ではそれほど心配なく、頑張ってください。また米国で生まれたCさんの子供さんは米国国籍と日本国籍を持ち、中学生までにどちらかを選択しなければならない などと、はなしをしているうちにダレス空港着。

パスポートで搭乗手続き。

今回はパスポートの重要性を再認識し、観光以外のハプニングもあって、日本語係員の人などにお世話になった旅です。

また、米国へ旅することを願いつつ帰国しました。


午前0時20分発 ANA便で日本へ


31日(日、日本時間)


午後3時25分 成田空港着


午後7時30分 羽田空港発


午後8時45分 徳島空港着


午後10時前  自宅着


私は、現時点では東海道を歩いたとき、そして海外旅行したときにブログを書いており、ワシントンの旅は

先月のため、ホノルル、ロンドンの旅より長くなっています。

7月は物品の配達業務に従事、9月~11月 2回ぐらい東海道へ歩きにいく予定です。


2015年6月25日(木)