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バブル時代と言われた'80年後半から'90年頭にかけてディスコ大流行でした。
’90年代の楽曲はコンピュータ打ち込みが中心の楽曲で一切演奏の対象にならなかったんですが、これより更に前の'70年代にも流行った事がありました。
私が高校生の頃です。
生楽器が主流のディスコミュージックでブラック系のリズムは勉強になり進んでコピーして取り込んだもんで。
ディスコはどこも凄く客が入ってて土曜なんかダンスする と言うか、ただ立って体を動かす程度しか出来ない程の盛況ぶり。
私は細々とではありましたが既にミュージシャンとして稼いでてディスコから本業とは別口でバンド組んで出てくれと仕事の依頼がありました。
フィリピンからの出稼ぎバンドに人気があって、そのバンドを呼べないか交代でステージに立つので2バンド必要だけど揃えられないって場面に備えての代打的バンド。
パターンは早い時間はDJがレコード回して、続けてバンドA、スローな曲を1曲入れて空き時間作らず DJ、休憩時間挟んでバンド B、最後にスローな曲を演ってDJへ。
大概のディスコがこのパターンを2回で閉店時間。
2ステージを50分程度づつ。
1ステージに7から9曲は演奏出来た。
結構なライヴの場、やるならば外国人の出稼ぎに負けてたまるかってんで中学、高校のコンテストで有名人になったヤツに声掛けてメンバー集めたりしてね。
ギター1、ベース、キーボード、ドラムの編成にヴォーカルを慶応大学Rock同好会から男声1、女声1(←こう表現します。必ずしも性別の女が女性の声とは限りません。もっと詳しく伝えられますが ここでは省略します)他に全員がマイクスタンドを立ててコーラスをアシスト。
ヴォーカル重視の凝ったバンドを組みました。
今みたいにリハーサルスタジオが沢山ある時代じゃなかったので昼間のディスコや工場の倉庫、講堂を借りて練習場に使って短期間でモノにして出られるよう仕上げを。
名前忘れたけど(カンタベリーだったかな?)歌舞伎町にあったディスコに出ると ちょっと良いのね。
なんて言うか「ハクが付く」って言うか、ちょっとモテたり悪いヤツらから一目置かれたり。
売れてる曲をコピーして演るんだけどブラスを使った曲が多くて、出稼ぎ隊はキーボードを多用したりギターを3本にしたりして対応してましたが我が方は本物のブラス。
これは明治大学のサークルに協力を求めてトランペット1、サックス2、トロンボーン1でレコードそっくりに演るバンドとして評判に。
交代前の曲にブラスRock「Chicago」を必ず1曲入れて管(ブラス)の良さをアピール。
私が営業掛けて新宿、池袋、立川、吉祥寺のディスコを渡り歩いて更に腕を上げて、メチャメチャ練習した甲斐があり一躍有名ディスコバンドに。
沢山の日本人バンドと同じディスコに出たけど彼らはウケない。
何がダメかって、上手くアレンジしてはいるものの基本はRock。
自分らが聴かせたい曲ばかり並べて客は置いてけぼり。
ディスコでやたらとRockばかり前面に出したってムリで客が知ってる曲を出さないと。
オーデションでは誤魔化したんだろうけど本番でメチャクチャになって、そんなバンドはジャーマネ(マネージャー)にメタメタ怒られてた。
私たちは座ってる客を全員踊り場に引っ張り出す事だけ考えたからウケた。
踊り場が満員で通路で踊る客が続出。
ホールのウェイターチーフからは仕事にならないから通路は空けるようステージから言ってくれとリクエストが出るまでの混雑振りを起こした。
ところが問題児bluearrowが一悶着起こします。
出稼ぎ隊のメンバーは よくクスリやったりシンナー吸ったり素行が悪い。
bluearrow少年 そういうの大嫌い。
このあたり下積み時代の矢沢 永吉さんも同様だったそうで本に書いてあります。
ステージ上がるのにアルコールもダメですから。
飲酒運転みたいにビールをグラスに1杯だろうが飲んだらステージに出るのダメ。
ライヴをナメるなって言うかアルコールの影響が演奏に出るから絶対ダメだと考えてたし現在も同様。
(高校生でアルコールの影響知ってるってどんな少年よ^^;)
出稼ぎ隊だろうが日本人バンドだろうが薬物やってるの見掛けると相手が何人だろうと まとめてトイレや階段の踊り場に連れ出して殴る蹴るしてステージに出られないようになるまで いわゆる「ヤキ」を入れてやめさせてた。
そういうヤツと同じステージに立つ事が許せなかった。
そのうち評判広まって私達の出るステージでは薬物関係ヤバイの暗黙の決まりが作られたのは結構な事なんですが、誰かがジャーマネなどに「あの子にやられた」みたいなチクリを入れた。
ディスコ側としては人気のフィリピンバンドを潰されたりケガでみっともない顔にされたりで困る訳。
当方は人気あるけど あくまでもフォローのバンドでメインはフィリピンさん達。
新宿のディスコのジャーマネに呼ばれて「少し妥協してください」みたいな話。
私としては正しい事をしてる積もりだから(殴るなよ^^;)「ダメな事はダメじゃねーか‼︎」ってね。
歳が倍ぐらいの人に対して そんな感じで喰って掛かるもんだからジャーマネとしては面白くない。
人気なくても代わりの日本人バンドはあるもんだから「もう出さないよ」って話になって、売り言葉に買い言葉で「上等じゃねーかコノヤロー‼︎」と、机を蹴り倒して事務室を飛び出した
(*´-`)
若者だよね。
これで名門みたいな新宿のディスコをクビになりまして。
心のどっかにお金にはなるけど思いを寄せる曲を出せないって不満があったのかも知れない。
他のディスコでも次々に問題起こして、メンバーには悪い事したけど1年ぐらいで良いバイトだったディスコの仕事を全てオジャンにしてしまった。
後に全員集めて謝りまして。
メンバーは「行いは間違ってない」とは言ってくれたものの心の中ではプロになれるぞ、ぐらい考えてたんじゃないかと思うと本当に申し訳なかった。
当時よくコピーしてステージにかけたのはベティ ライト、スリー ディグリーズ、クール&ギャングなど。
そしてメインとして沢山演ったのはEarth Wind&Fire。
そのツインヴォーカルの一人、モーリス ホワイトは2016年の明日、2月4日が御命日。
パーキンソン病だったんですね。
元ドラマーでプロデューサーとしても大変な功績を残された。
ファルセットヴォイスのフィリップ ベイリー(フィル コリンズとのデュエット「イージー ラヴァー」がヒット)との魂に満ちたツインヴォーカルでディスコでは欠くことが不可能な数々の名曲を残されました。
輝かしい功績に思いを致し改めて合掌します。
部屋でEarth Window&Fireのアルバムを聴きながら懐かしく想い出し、少し笑った少年時代の1コマでした。
読んで頂き ありがとうございました。

