さっきまで都市伝説見ておりました。
毎回関暁夫さんの話は考えさせられるお話ばかりです。
また去年買ったバシャールさんとの対談本読み返して見ようかなと思いました。
さて、話を本題に…。
良く自己啓発系の本に「メンター」を見つけなさいと書かれていることがあります。
「メンター」とは指導者、助言者という意味があります。
しかし、近頃「メンター」の、本来の意味を履き違え指導者としてでは無く神様の様に崇め神格化のように扱う人がよく見受けられます。
「○○さんが使ってたから買っちゃった!」
「○○さんが○○してた!可愛いー!!」
「○○さんを悪く言うなんてアナタはおかしい!」
まるで宗教の信者のような感じですね。
ただ、先程も書いたように「メンター」とは指導者なのです。
指導者。
先生なのです。
先生は生徒に理論を教えるのが役目。
生徒は先生から理論を学びその学んだことを自分でアウトプットし生かす。
皆さんは学生時代に変な言い方かもですが担任の先生をまるで神様のよう扱いましたか??
私は少なくともそう思ったりも扱ったりもした記憶がありません。
でも尊敬はしていた先生はいます。
でもそれは崇拝ではなくリスペクトです。
人間は悲しいかな崇拝してしまうと自分の考え方や感情が何処かへ行ってしまう。
自分の考え方の操縦桿を握るのが自分ではなくその崇拝したものになってしまう。
「メンター」はあくまで理論を伝える先生。
大事なのはその「メンター」が、教えてくれた理論を理解し実践すること。
「メンター」にとってせっかく理論を教えてもそれを実践せずに自分の後ばかり追っかけている人を見たら教える気もなくすというものです。
学校の先生だって授業内容を真剣に聞かない生徒は叱るはずです。
そして、内容を間違えて理解しているならそこも治すように指導するはず。
そして何度か注意し訂正しそれでも治らなければ…まぁ、匙を投げてしまうかもしれません。
大事なのは「メンター」が教えてくれる『理論』
「メンター」自身ではないのです。
そしてなぜが自己啓発系やスピリチュアル系の「メンター」の周りの人に勘違いしてしまう人が多く発生しやすいと言う悲しい現実。
そのせいでせっかく良い理論を、言っている人がいるのに周りのその勘違いしている人達のせいで悪く思われる事もあったり…。
悲しい事です。
最後に念押しで…。
「メンター」は先生出会って神様ではないのです。
今回は少し取り留めのない文書になってしまったかもしれません。
文書力、上げなければ( ˊᵕˋ ;)💦
それでは皆様今日はこの辺で!