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ゆったり生きましょう※スーのブログ※

何気ない毎日。
嫌なこともあるけれど、そんな時にこそゆったり生きましょう。
オラクルカード、引き寄せ、身の回りの「自由人」な人たちを研究中。
そんな私の変化や世間に対する私の思い等をありのまま綴るブログです。

どうもすーです。

ここ数年、「ありのまま」という言葉をよく耳にするようになりました。

「ありの〜ままの〜♪♪」で有名な歌の影響もあるのか耳に残っております。


しかし
ありのままでいよう。
ありのままでいいんだ!

と、今までのからを脱ぎ捨て自分を表に出していこう!と自己に目覚め始めた方々も少なからずいらっしゃいます。


が、しかし…。


どうも「ありのまま」という意味を履き違えて居るのでは?と思うような人も少なからず見受けられます。



私は○○だ。
私は○○な性格だから〜。
私は○○がありのままだから仕方ないの。
ごめんね〜私は○○だから〜。


このように「ありのまま」の意味をはきちがえそれを免罪符のように使い自分の悪い所を正当化してしまっている人たちがいます。


もし、自分を料理の食材としたとして
社会や周りの人間関係、環境を料理だと例えるなら…。

この勘違いしている人達は『私は大根だから』『自分はじゃがいも』と言い泥も土も取らず、皮も剥かず、食べやすい大きさに切りもせずそのまま自らを調理している鍋やフライパンの中に入れているも同じなのです。


確かにあなたは大根かもしれない、じゃがいもかもしれない。
しかしどんな食材だって何かしら手を加えるはず。
泥を落とし、皮を剥き、食べやすい大きさに切り、時には下味をつけ初めて他の食材と一緒になれるのです。


でも「ありのまま」と泥が付いたまま鍋に入れればどうなるでしょう。
鍋の中は一気に泥にまみれになりおいそれ料理とは言えない代物になってしまう。


そう、全てを壊してしまうのです。


自分は人生という名の料理の食材なのです。


どんな料理にするのか、どんな味付けにするのか、それは自分次第で決めて行くのです。


「性格がゲスくても良いじゃない」
「性格悪くても問題なし」

これこそ泥がついたままでいる状態です。

こんな食材誰が食べるというのでしょう。


自分がどんな食材なのか

認識がでかきたのならそこで終わりではないのです。

そこからがスタートラインなのです。


そこから自分という名の食材の良さを調理等で引き出さなくてはならないのです。


誰かに食べてもらいたいのなら
ちゃんと料理として食材として成り立ちたいのなら身についた泥を初めに落とすべきなのではないでしょうか。


どうも皆様、すーです。


最近色々とスピ界隈が賑わっているようですね。


自分からは見に行かないのでたまたま目に入った感じですが…。


誰のこととは言いますまい。




ただ、あえて言わせてもらうならば


「うん、いつかこうなるだろうなって思ってた真顔


初めてその方を生で見た時、直感的に感じた事がありまして。
それは「あーこの人いつか絶対大きなトラブル起こすなぁ〜…。」って事。

その方から発せられるエネルギーは確かに上へ上へと繋がるものが感じられたけれど肝心の足元へのエネルギー全く感じられず…。

要は…『地に足着いてない』状態だと思った。


言い方が悪くなるが、悪い意味で頭の中お花畑なのだろうなぁ〜と、思ってしまったのだ。



直感以外にもそう思わざるを得ない事がその時色々あったのだけれどそれは書くとかなり文が長くなるので割愛させて頂きます。



エネルギーって大事だ大事だと言いますが更に大事な事を忘れておいでです。


エネルギーはバランスも大事。


プラスとマイナス。

天と地。

陰と陽。


マイナスとか陰とか書くとイメージ悪く感じますが決して悪いものではない。


例えるなら陽やプラスのエネルギーは木々が枝を伸ばし上へ上へと成長して行くようなイメージのエネルギー。

逆に陰やマイナスのエネルギーは木々が下へ下へと根を下ろし地中へ広がるイメージのエネルギーです。


根っこばかり広げて枝を伸ばさないままでも行けないし。

上へ枝を伸ばしても根がしっかり育っていなければ木々は倒れてしまう。


あの方を例えるなら後者の感じです。


木の幹や根が全然根付かず大地と繋がってないのに枝や葉ばかり伸ばしに伸ばしてばかり。

そんなんじゃ支えきれなくなって根元からポッキリと折れるか倒れるかするのは当たり前です。


やりたい事をやるのは結構。

ただしそこにお金や販売などが絡めば1人の問題では無くなるのです。

そこには多くの人達が関わってきます。

印刷会社、販売元、購入者、そしてそれらを手配した方々。


その方々がいたからこそ完成出来るのです。


しかしそれは信頼というものがあるから協力して頂けているのです。


そこには物事の大きさに比例して「責任」も大きくなります。


そして、その「責任」はいずれ「信頼」へと変わります。


しかし、「責任」を放棄すれば「信頼」もなくなります。


今後あの方は様々な「責任」を放棄した結果「信頼」をどんどん失うでしょう。


特にお金関係や期日等々は重大な問題です。


信頼がなければ誰も協力してくれません。


お金を借りる際にローン会社は信販会社にある情報を元にその人にお金を貸すか貸さないか判断しますが、そこには今までのお金の貸し借り、延滞し事があるか等々記録されています。

きちんと返済、対応していれば問題ありませんが延滞を繰り返し対応が悪ければいつかはお金を借りられなくなります。


それと同じです。




「現実は自分で作る」



そう仰るのであれば、現在延期等々の問題で荒れたり問題行動で色々言われたりしているのもあの方本人の引き寄せたものです。



このままあの方が気づかなければもっと大きな問題等起きるでしょう。

本人が気づくまで何度でも、何度でも、規模を大きくさせながら…。



今回はあまり言いたくはない内容ですが今回はあえて書かせていただきました。

でももうあの方についてはこのブログでは書くことは無いと思います。


だって放って置いてもこのまま行けば痛い目見ると思いますので。




それでは今日はこの辺で。