昨日6/30(火)「夏越の大祓」(なごしのおおはらえ)は、
雨が降ったり止んだり(降水量15.5mm)、強風が吹いたり止んだり(南の風 最大風速8.2m/s)の激しい天候だった。
20200630--夕方18:24頃
雨雲の西から東への速い流れ
南南東
南
南南西
南西
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■ 6月30日は「アインシュタイン記念日」
1905年6月30日、26歳のアルベルト・アインシュタイン(独 Albert Einstein、1879年3月14日~1955年4月18日)が、「(特殊)相対性理論」に関する最初の論文「運動する物体の電気力学について」をドイツの物理雑誌「アナーレン・デル・フィジーク」で発表した。
宇宙において、光の運動速度が最速。より高速に(但し光を超えられない)運動する物体は、時間が遅く進んで見え、質量が縮んで見える。
彼は生まれつき自閉症スペクトラムつまり発達障害。知的障害や発達障害などのある人のうち、特定の分野に限って非常に優れた能力を発揮する人「サヴァン症候群」の一人だった。
(1) 言葉の発達の遅れ、(2) 対人関係・社会性の障害、(3) パターン化した行動や拘(こだわ)り」の障害があり、他人とコミュニケーションを取ることが苦手であり、通常の学習能力に関しては先天的な障害を持っていたと推定される。
そのため幼い頃の渾名(あだな)は「のろま」。言葉を出すのには時間を要した落ち零(こぼ)れで教師から「ろくなものにならない」とまで言われた。
ところが9歳時にピタゴラスの定理の存在を知り自力で定理を証明した。12歳時に微積分を独学で習得した。
1895年(16歳時)に名門・チューリッヒ連邦工科大学を受験するが総合点が合格基準に足らず失敗。しかし校長は彼の数学と物理の点数が最高ランクだったため、ギムナジウム(大学入学に必要な中等教育の諸知識を習得すること)を条件に翌年度の入学資格を与えた。だが彼は大学の講義にはあまり出席せず自分の興味ある分野だけに熱中する一方、しばしば問題を起こした。
論文を提出した当時はスイス・ベルンに在る連邦特許局の審査官という無名の技師だった。ここで特許申請書類の中の様々な発明理論や数式を知る機会を得るとともに、1日のノルマを午前中に済ませてしまい午後にはこっそり物理や数学の本を読み耽(ふけ)っていたそうだ。
そんな彼が20世紀最大の天才的で偉大な理論物理学者となった。
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▽ アインシュタインと日本との関係に関する知識
1912年、海外では逸早く、日本の東北帝国大学初代総長・澤柳政太郎が、ドイツ・ミュンヘンに留学中の助教授・石原純に、アインシュタインを教授としての招聘を打診させたが、断られた。
1916年、「一般相対性理論」を発表した。・・・宇宙において、質量がより重い物体の周りでは、時間が遅く進み、空間が歪む。これは光が直進できずに曲げられるから。
1917年、アインシュタインは一般相対性理論の立証のため、クリミア半島での皆既日食観測を依頼したが曇天で失敗する。
1919年5月29日、遂に皆既日食を観測でき、一般相対性理論が正しいことを実証した。太陽の重力場で光が曲げられる現象(重力レンズ効果)が、ケンブリッジ天文台の観測によって確認された。今日の宇宙理論の基盤ができた。これによってアインシュタインは世界的に有名となったが、ユダヤ人であるためドイツ国内における風当たりは強かった。
1922年、"立役者"と名を馳せた改造社創業者・山本実彦は、アインシュタイン夫妻を日本に招待すると、
9月、受諾の返信が来たのだ !! 海外に先駆けた招待に成功した。・・・受諾の理由は、①ラフカディオ・ハーンが記した美しい日本を自分の眼で確かめたいこと、②科学の連携によって国際関係を親善に導きたいこと。
10月8日、マルセイユ発の日本郵船「北野丸」で出航。某日、肝臓病・黄疸などの持病が悪化。しかし乗り合わせていた日本人内臓外科の名手・九州帝国大学初代外科部長の三宅速(はやり) が応急手当をしたお陰で恢復した。・・・後に三宅夫妻が太平洋戦争の岡山空襲で戦死したため、アインシュタイン自筆の哀悼文が寄せられた。徳島県美馬市穴吹町舞中島・光泉寺境内に "友情の碑文" が刻まれている。
11月9日、香港洋上で1921年度ノーベル物理学賞受賞の知らせ !! 何と日本に向かう船上で。
==中略==
アインシュタインが去った9カ月後の1923年9月1日、日本で未曽有の関東大震災が勃発した。
第二次世界大戦中に米国亡命した。
しかしその米国が広島と長崎に原爆を落とした国家的行為に対して、量子力学の原理(理論式)---エネルギー(E) = 質量(m) × 光速度(c)の2乗。ウランやプルトニウムのように不安定な原子(放射性物質)は、崩れると2つの原子になり、核分裂した2原子の質量は軽くなる。軽くなった分の質量は運動エネルギーとして爆発的に放出される。
---に関与したに過ぎないにも拘わらず、邪悪な科学者によって親愛なる日本人を傷つけてしまったことに、晩年はそれを阻止できなかったことに後悔し続けていた。日本人で初めてノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹と面会した際、涙ながらに謝罪したと言われる。ラッセル=アインシュタイン宣言には湯川も名を連ねた。
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□ お題「アインシュタインといえば?」
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▽「光速度不変の原理」
光の速さ(真空中を電磁波が伝播する光速度)は、1秒間に地球を7周半できるほどの速さ。 299,792,458m/s ≒ 30万km/s。太陽から地球まで約8分18秒、月から地球まで1.3秒。
光の速さとは何に対する速さなのか?走る車内から測っても地面に立って測っても、つまり、どんな場所で測っても、光の速さは常に一定である。
一方、時間は人によって進み方が違う。つまり、時間は相対的なもの。あなたが速く動けば動くほど周囲に対するあなたの時間の動きは遅くなる。そしてあなたが光の速さに限りなく近い速さで動くならば、あなたの時間は地上で普通の速さで動いている人たちからは殆ど止まっているように見える。あなたにとっての1秒が周りにとっての1,000年にもなり得る。
▽「特殊相対性理論」
宇宙では光(電磁波)の速度が最速である。
光は宇宙(真空中)を、光源の運動状態に関係なく、一定(不変)の速度で伝わって行く。
超高速に運動する(光の運動速度を超えられない) 物体は、時空(時間と空間)は不変の存在ではなく、伸びたり縮んだりする存在である。
動いている物体は、静止している時に比べると、時間は遅く進んで見え、質量(と等価のエネルギー)は増大し縮んで見える。
▽「一般相対性理論」
銀河や太陽などの星(大質量の物体)の周辺では、時空(時間と空間)が歪み光の進み方が変わる。
物体が生み出す重力は重力波として光の速度で時空を伝わる。
この重力レンズ効果は、皆既日食時に出現した空の観測で (太陽の近くを通る光線が曲がる現象を観測したことによって)実証された。
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▽ 宇宙の「重力波」を初めて観測できたというニュースに、世界中の研究者が沸いた(2016-02-13)
米国のマサチューセッツ工科大を中心にした国際研究チームが、宇宙重力波望遠鏡「LIGO」(ライゴ、レーザー干渉計重力波天文台に設置)によって、2/11(木)に「重力波」(英語gravitational wave)を世界で初めて観測できた。
宇宙物理学の歴史に新たな1ページを書き加える観測一番乗りに、世界中の研究者が沸いた。
歴史的には、ガリレオ・ガリレオが望遠鏡を使った天体観測開始(1609~10年)から400年余、アルベルト・アインシュタインが「重力波」の存在を予言した(1905~16年)から丁度100年になる。
その予言を観測し実証するという "最後の宿題" を、世界の宇宙科学者千人以上が四半世紀に亘り追い続けていた。
そして遂に、LIGOチームが観測データを音に変換した「重力波」のヒュッという囀(さえず)りを披露した。
「重力波」Q&A "時空のさざ波"と呼ばれて (毎日新聞2016/02/12掲載より引用)
Q 重力波って?
A 重さの有る物体が動いた時に周囲の時間や空間が歪(ゆが)み、波のように伝わる現象。"時空のさざ波"と呼ばれる。アインシュタインが100年前に「一般相対性理論」で存在を予言した。例えば人が腕を回しても発生する筈だが、小さ過ぎて検出できない。
Q 観測の対象は?
A 光が脱出できないほど重力が大きな「ブラックホール」や高密度の「中性子星」など、非常に重い天体同士の合体や、星が大爆発する「超新星爆発」などによって生じる「重力波」キャッチを狙う。只、これらの「重力波」が地球に届いても地球と太陽の間の距離が原子1個分揺らぐという、僅(わず)かな変化しか起きず観測はとても難しい。
Q 本当に存在するの?
A 米国の天文学者2人が1970年代に2つの重い天体が互いの周りを回る現象を調べ、「重力波」によってエネルギーが失われていると突き止めた。これは「重力波」が存在する間接的な証明となり、2人はノーベル賞を受賞した。
Q 何の役に立つの?
A 「重力波」は、「時空」(時間・空間)が伸び縮みすると考える「相対性理論」の正しさを証明する決定打となる。また、光では見ることのできない「ブラックホール」などの天体を調べられるようにもなる。これまで調べられなかった宇宙の姿が「重力波」で見えるようになり、宇宙の成り立ちへの理解が深まると期待される。
宇宙はどのようにして始まったのか? 人類が抱くこの大いなる問いに対して、最新の科学が導き出した答えが、138 (137±2) 億年前、宇宙誕生直後のビッグバンの直前に、想像を絶する急膨張「インフレーション」が起きた!! というものだ。
1秒にも満たない一瞬の間に、光速(約30万km/s)を超える速度で宇宙空間が膨張したという「インフレーション理論(宇宙論)」は今から34年前の1980年に、宇宙物理学者・佐藤勝彦博士(京大⇒東大)、そしてアラン・グース博士(MIT)によって提唱された。
当時、その証明は難しいと考えられていたが、宇宙望遠鏡観測の技術進歩によってインフレーションの痕跡を探す観測が可能になり、今まさに、南極やチリ高地などで発見の一番乗り競争が繰り広げられている。
更に、インフレーション理論は宇宙の始まりを説明するだけでなく、驚くべき宇宙の姿---宇宙は1つではなく無数の宇宙が生まれているというのだ。発見間近と言われるインフレーション。その研究の最前線を追う。
★ ビッグバン理論に2つの大きな問題
1928年、エドウィン・ハッブル・・・銀河が遠ざかっている、即ち、膨張している。逆回しにすれば、宇宙は今より小さかった。即ち、宇宙には始まりがあった。
1946年、ジョージ・ガモフ・・・ビッグバン理論による宇宙の始まり。宇宙は138億年前にビッグバンという大爆発で始まった---と提唱されたが、実際に観測していると、大きな問題があった。
☆ 宇宙の地平線問題
今でも届いて来る、138億年前にビッグバンがあった名残りの温度は確認できる。それらは何と! 全て同じ温度 -270℃と分かった。大爆発の痕跡全ての部分で温度が均一だったということが有り得るのか?
宇宙の名残りの温度が届いて来るが、どの方向を測っても同じ温度-270℃。始まりの場所があるなら、どこか最高温度の場所がある筈ではないか!?
例えば、パリのカフェで飲む紅茶の温度が80.0008℃、ニューヨークのカフェで飲む紅茶の温度も80.0008℃、東京でも80.0008℃。どうやって同じ温度が出せるのか!?
☆ 平坦性問題
宇宙は閉じた宇宙でも開いた宇宙でもなく、「平らな宇宙」であることが確認されている。しかし、平らになる確率は恐ろしく低い。
ビッグバンの膨張速度が----遅い時、宇宙は歪んで縮む。速い時、引き伸ばされて双曲線状になる。その中間の時、平らになる。しかし平らになるための確率は1/10^6。
例えば、マフィンを焼いてみた場合、膨らんでも凹んでもおらず、完璧に真っ平だったという位に有り得ない。焼き立てマフィンが膨らんでいようが凹んでいようが、急激に引き伸ばされたから平坦になった?
☆ ところで、根源的問題として、ビッグバンは何故起きたのか? という説明が未だできていない。
★ インフレーション理論はこうして生まれた!!
これを解決したのが「インフレーション理論」という仮説。1980年に2人の学者がそれぞれ独自に思い付いて発表。佐藤勝彦教授とアラン・グース教授。
「真空」は一見、何もない空間だが、実は「真空のエネルギー」という物質が存在する。これは空間が広がっても薄まらないという不可思議なエネルギー。宇宙誕生の最初に、これが指数関数的に大きくなったという計算が導き出された。
つまり、最初は物凄く小さな宇宙。従来、真空は何もない空間と考えられていたが、ミクロの世界では素粒子が生まれたり消えたりしているのだ。⇒真空エネルギーの概念。真空のエネルギーによって空間が光速以上の速さで猛烈に広がる。空間は広がってもエネルギーは薄まらないから、どんどん増える。
「相転移」という現象。例えば、水から氷への変化のような状態の変化で、物凄い熱=火の玉が発生。「相対性理論」を使って方程式計算すると、e(指数関数)の関わる極めてシンプルな式に集約。それは宇宙が急膨張を起こすことを表す。
火の玉が生まれたのは相転移したからだ。例えば、氷が水に相転移する時、80cal/cm^3の熱量が出る。真空でも膨張時に相転移が起こる。そのエネルギーは1cm^3当り10^94cal。宇宙誕生時の温度は10^29℃。これがビッグバンの火の玉を作った。
宇宙がどこから来たのかという問題の解決!!その熱で発生したビッグバンは、猛烈な速度で一瞬に広がった。爆発は温度にムラ無く均等な拡張だった。地平線問題の解決!!
宇宙はインフレーションで猛烈に引き伸ばされ、真っ平らになった。そう言えば、太陽系も銀河系も平坦形状。平坦性問題の解決!!
★ 宇宙は1つではない??
「インフレーション理論」を研究すると、インフレーションは未だに止まっていない。その結果、宇宙が無数に生まれるという計算になり、或る宇宙から別の宇宙がどんどん切り離され、その子宇宙からまた別の孫宇宙が切り離されて行く。切り離しの瞬間がビッグバンなのだ。
佐藤教授の理論では、いったんインフレーションが起きるとそれが続く。例えば、炭酸水やシャンパンの泡がインフレーションを起こして銀河宇宙のサイズになるのに要する時間は1/10^34秒。インフレーションがどうやったら終わるかについて数学的に解いた。インフレーションが一旦、起きると、宇宙と宇宙を繋ぐトンネル様なものができ、宇宙が次々と生まれる。親宇宙から子宇宙が、子宇宙から孫宇宙が生まれてはトンネルが消えて独立する。ミクロの世界の細胞分裂がマクロの世界で起きて行く。極小の原子(素粒子)の世界と極大の宇宙の世界とは、フラクタルな相似形の構造をしているのだ。
宇宙の「ユニバース」(宇宙は唯一)に対し、この多宇宙現象を「マルチバース」と呼ぶ。
MITのグース教授は、偶然、関わった真空エネルギー研究から、佐藤教授のプロセスと殆ど同じ結論を導き出し、これを「インフレーション」と名付けた。それぞれ独自に発表(佐藤氏1980年2月、グース氏1980年8月)。当時は各発表しても直ちに受け入れられなかったが、「ビッグバン理論」を補完し発展させるに十分な発想だった。
★ インフレーションは証明できるか?
「インフレーション理論」が正しければ、原始「重力波」という波長が数百億光年の重力波が存在することになるが、どうやって原始「重力波」を見つければよいか?
もし原始「重力波」が存在するなら、宇宙最初期の光「宇宙背景放射」が渦巻きのようになって観測される筈。
ロシアのアレクセイ・スタロビンスキー博士・・・原始重力波を捉えることができればインフレーションの証拠となる。だが発表した時点では測定手段がなかったので認知されなかった。
1997年、マーク・カミオンコウスキー博士・・・ビッグバン後の最も古い光が宇宙背景放射され、この奥でビッグバンが発生。ここに原始重力波がぶつかって変形し揺らぎ(渦巻き模様)を生じる。これを見つけることが、即ち、インフレーション発見の一番乗り!! 世界中の13チームがチリ高地や南極で日夜、観測を続けているのだ。





