NHK-E 「ダイアモンド博士の“ヒトの秘密”」
初放送: 毎週金曜 22:00~22:30
再放送: 毎週日曜 24:45~25:15 [毎週月曜 0:45~1:15]
出演:
進化生物学者・UCLA教授 ジャレド・ダイアモンド博士。声の出演: 糸博。
ダイアモンド博士は、世界的ベストセラー「第三のチンパンジー」、そしてピュリッツァー賞を受賞した「銃・病原菌・鉄」の進化生物学者。
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NHK-E 「ダイアモンド博士の“ヒトの秘密”」#1#2#3#4 紹介
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■ 第6回 「不思議いっぱい ヒトの寿命」
初放送: 2/9(金) 22:00~22:30
再放送: 2/11(日) 24:45~25:15
□ 概要
第6回は寿命について。
ヒトの人生、そして動物の一生の長さは、どうやって決まるのか?
なぜヒトは人生の半ばで子供を産まなくなるのか?
そこには、進化によって緻密に設計された生と死のメカニズムがあると言われる。
ダイアモンド博士が、命の謎に迫る。
□ 詳細
今回のテーマは私たちの「寿命」。
ヒトの人生そして動物の一生。その長さはどうやって決まるのか? なぜヒトは人生の半ばで子どもを産まなくなるのか?
そこには進化によって緻密に設計された生と死のメカニズムがあるようだ。ダイアモンド博士が私たちの命の謎に迫る。
今日は、なぜ私たちが年老いて死ぬのか? というテーマについて話をしよう。
私たちはここまで、ヒトがどのようにして他の動物とは異なる存在に変化したのか? 500万年の歴史を辿って来た。
そして言語やアートライフサイクルなど、ヒト独自のものについて動物にもその先駆けがあることを見て来た。
私たちは他の多くの動物と違って、一夫一妻が基本。そして今日見て行くように、他の動物とは異なる年の取り方をし、そして死んで行く。
なぜ私たちは老いるのか? そしてなぜヒトの女性は閉経して一定の年齢で子どもを産むのを止めてしまうのか? 女性が閉経する種は哺乳類にもほとんど存在しない。そして、なぜ閉経は女性にだけあって男性には存在しないのか? こういった疑問を進化論の観点から考えて行きたい。
数年前に117歳で亡くなったフランスの女性がいたが、120歳以上、生きたヒトはいない。
一方で、もっと長生きする動物はいる。カメは170年以上の長生き。しかしネズミの場合は医師が毎日つきっきりで最高の医療ケアを施し、素晴らしい食事を提供しても2年で死んでしまう。
なぜヒトの寿命は80年位で、カメのように120歳を超えて生きることがないのか?
人間の染色体の末端にテロメアというものがあり、染色体が転写を繰り返すうちにそれがだんだん短くなることで細胞の寿命や体の老化を規定している。生理学者はそう言う。
進化生物学者として私は疑問を感じる。染色体のそんな小さなところは進化の中で修正されそうなもの。でもそうはならなかった。生物の寿命は体の修復にどれだけエネルギーを費やすように進化して来たか? で決まると私たち進化生物学者は考える。
私たちヒトの体は自力で修復する力も持っている。博士はまず私たちヒトにどのような回復修復機能があるか?
骨は折れても治る。骨を折ると治療してもらう必要はあるけど骨は自分自身で治って行く。日焼けした時に肌が再生する。日焼けした時に皮が剥(む)けるけど体が自動的に肌を形成する。
そして私たちの体の中でも常に修復が進んでいる。例えば、腸の内壁の細胞は3日前のものとは違っている。腸は成長を続けていて3日毎に剥(は)がれ落ちて新しい細胞が作られている。
そして血液を赤く染める赤血球は4か月で交換。常に新しい赤血球が作られている。ヒトは損傷を修復したり体の一部を定期的に交換している。
続いて博士は、より大胆な修復を行う動物の例を紹介する。
トカゲは尻尾を自分で修復して再生する。古い尻尾を捨てて追っ手から無事に逃げて新しい尾を育てる。ヒトデは腕を再生する。
しかし私たちは足を再生できない。もし事故で足を失ったらそのまま。ヒトは赤血球や腸を再生できても、腕や足は無理。
なぜ再生できるように進化しなかったのか? 足を切り落とした人間は死んでしまう可能性が高いので、再生させる意味がない? もし足を失ったら、その過程で出血多量で死んでいる可能性が高いから、足を再生して修復するように進化する理由がなかった。
結局、体の修復はコストの最適化に関係して来る。ダイアモンド博士は生物による体の修復とその効果について、コストの最適化というビジネスの用語を使って説明する。修復とコストは私にとって大きな関心事。
自動車の修理はコストに見合っているか? と考え、修理すれば長持ちするが、もしかすると新しい車にお金を回した方がよいのか? はたまたタクシー移動にした方がよいのか? 手持ちの資金をどうやって有効に活用するかは、最適化の観点で私自身が決断する。
一方、体のことは自分では決断できない。進化の中で最適な形が決まる。
そして体の場合、コストはカロリー。私たちは一日に約2,000カロリーを消費する。そしてこのカロリーで究極的に達成したいのは赤ん坊を作ること。自分の足の修復にカロリーを使うと、子どもを作るのに割り当てる分が少なくなる訳。私たち動物は子孫を残す仕組みが整っているからこそ、今、地球上に存在している。自分の体を修復することと子どもを作ることにバランスよくカロリーを配分する仕組みが確立しているはずだ---とダイアモンド博士は考えている。
私たちはカロリーをどう有効活用すべきなのか? 3日に一度と言わずもっと頻繁に腸の内壁を修復した方がいいのか? 子どもを産むことにもっとエネルギーを振り分けて、自分はとっとと死ぬ方がよいのか?
体の修復にエネルギーを使わず、カロリーのほとんどを子作りに割り当て短い生涯を終える動物もいる。例えばオーストラリアに生息する有袋類マウス。カンガルーの仲間。
彼らの寿命は1年。1歳になると体の修復を止めて、食事の時間も惜しんで全ての時間を交尾に費やす。目的はできる限り多くのメスを妊娠させること。何も食べず体の修復もしないので、3週間持たない間に死んでしまう。オスは1年の短い命の最後に、何匹ものメスと飲まず食わずで交尾し、12匹程の子どもを作って息絶える。自分の修復を犠牲にしてでも、多くの子どもを残す戦略を採ることで、種として生き残っている。
一方、カメは堅い甲羅で守られているので簡単には殺されない。従ってカメは修復して長生きする価値がある。
でもネズミはどれだけ丁寧に修復してもすぐに天敵に捕まって食べられてしまう。ウサギなどの小動物は常に天敵に殺されるリスクがある。そこで殺される前に早く子どもを作ることで、遺伝子が残った。小動物は自分の体の修復よりも、子作りに多くのカロリーを配分するので、短命になった。
一方、鳥やカメのように捕食動物の攻撃で死ぬリスクが低い場合は、子づくりを急がない。自分の修復にも適度にカロリーを割り当てるタイプの遺伝子が残った。
自分の体の修復と子作りにどの程度のカロリーを割り当てるのか? ヒトも動物もその配分によって寿命が決まる---と博士は考えている。
もし皆さんは不老不死の体が手に入るとしたらずっと生きていたいですか?どんな状態かによるね。体も心も若いままなのか? 年を取って行くけど死なないだけなのか? 見かけだけは若いままなのか? 私たちの体は120歳でお墓に入るまでに衰えて行くようにプログラムされている。
仮に不死身の人がいるとしたら、ヒトという種全体にとって、とても有難い存在になる。知識は豊富になるし、物の見方も変わって来て預言者みたいな存在になって、社会に利益をもたらすと思う。
でも自分だけが不老不死だったら悲しいかもしれない。身の回りの大切なヒトが死んで行くのを見て行くことになるから。よく考えると余りいい話じゃないかも。
動物は生きている間にできるだけ多くの子どもを作ろうとする種がほとんど。
しかし私たちヒトは、違う道を歩んだ。ヒトの老いと寿命を巡る進化の不思議---に博士が迫る。
ここからは、ヒトの女性の閉経に注目したい。
閉経とは、女性が中年期に生理が止まり妊娠しなくなること。進化論の観点からこれをどう説明すればよいのか? なぜヒトの女性は閉経してしまうのか?
哺乳動物は通常、子どもを作る能力が少しずつ衰える。この閉経は進化論のパラドックスなのだ。動物は繁殖のためにできるだけ多くの子どもを産むのが普通。閉経は動物の繁殖の原則と矛盾しているように見える。
子どもを産まなくなっても、生き続けるヒトは動物の中では珍しい存在。それでは閉経はヒトに何をもたらしたのか? なぜ女性は閉経を迎えるのか?
子どもが育つのに時間がかかる。高齢で出産すると子どもが大人になる前にお母さんが死んでしまう。もし女性が55歳で子どもを産むと、その子が20歳で独り立ちする頃、女性は75歳。
今では75歳まで生きるのは普通だけど、昔は55歳位まで生きるのがやっと。それから子どもを育てるのは難しい。
子どもを産むこと自体が危険だった、特に高齢になるとますます厳しかった。出産は今でも母体にとって大きな負担。昔は更に危険だったはず。これまでも出産の際に多くの女性が命を落とした。そして高齢になるほど出産は危険。20歳の健康な女性の方が60歳の女性よりも、出産を生き抜く確率が高い。しかもそれまでに産んだ子どもがいると、お母さんはとても大切な存在。高齢で新しい赤ん坊を産むより、これまでに産んだ子どもの面倒をきちんと見た方がいい。
ヒトは女性が子どもを産まなくなっても、生き続けるように進化した。長生きするようになったことは人類の発展にどのように影響したのか?
伝統社会でおばあさんは本当に大事な存在。赤ん坊の面倒を見るお母さんに代わって、おばあさんが外で根っこを掘るなどして食料を調達していた。また伝統的な社会でおばあさんは安定感や豊かさを子どもたちに提供した。
教会の記録が残るカナダとフィンランドで、50歳を超えた女性が社会で果たす役割の研究が行われた。女性が50歳を越えてからどれくらい孫が増えて行くのか? を調べた。3,000家族の2世紀に亘る記録を集めて行われた調査。閉経の年齢に達して直ぐに亡くなった女性の家に、その後生まれた孫の数、そして閉経してからも長生きをした女性の家の孫の数を比べた。
その結果、女性が長く生きている家により、多くの孫が生まれる傾向があることが分かった。女性が60歳まで生きると50歳までしか生きなかった家庭よりも1人多くの孫がいる。そして80歳まで生きると平均で3人多くの孫がいた。おばあさんの存在がお金と資源と信頼をもたらした。
出産の危険によりヒトの女性は変化を遂げた。女性たちが自分で決断した訳ではない。45歳を越えて出産することは危険な賭けだと、進化の道筋で退けられた。出産の機能を遮断(しゃだん)して命を落とすリスクを回避。長生きして子や孫の面倒を見られるよう進化したのだ。
ヒトは年を取れば取る程、有難い存在になる。70歳まで生きたお年寄りの知識が社会全体を豊かにした。お年寄りは家族や社会に多くの英知をもたらした。このことがチンパンジーなどの動物よりも、ヒトが大きく発展する一つの要因になった---と博士は考えている。
最後は、老いることについて、私が進化の観点から考えていることをお話しする。
老化現象については高齢者の医療を扱う医師が研究を続けている。医師や研究者たちはいつも老化の単一の原因を見つけようとする。彼らはホルモンが加齢の原因かどうかについて議論を続ける。でもそれは違う!免疫システムを改善すれば永遠の命と語る。それも違う!彼らはホルモンを修繕し免疫系や神経システムを修復すれば150歳まで生きられるなどと語る。
私たちは体の各パーツがほぼ同時に劣化するように進化して来た。どこか1か所だけという訳ではない。もしホルモンだけが問題なのなら、進化の過程で修復したはず。そうすればヒトはもっと長生きになっていただろう。
今日帰ったらご両親やおじいさんおばあさんに体のどの部分が問題か聞いてみて。「ホルモンだけがちょっと」とか「免疫系が問題だ」とか言う人はいないと思う。
ご両親やおじいさんおばあさんはこう答える。目が悪くなっている。耳も悪くなっている。嗅覚が劣化している。味覚も駄目になっている。記憶力も減退している。筋力も落ちている。腎臓も駄目と。私たちは体の各パーツが同時に衰えるよう進化して来た。
とても優れた設計だ。「年を取って死ぬように進化したというのは落ち込みませんか?」と言う人がいるかもしれない。そんな事はない。私たちは手持ちのカロリーで最大限を実現できるように見事に進化を遂げた。私たちは老いて死ぬという現実と向き合うべき。
生物は自らの修復を終えて死を迎えても次の世代が続く。その中でヒトは女性が長生きして次の世代に命と知識を受け継ぐ道を進んだ。
私たちは死を恐れるのではなく、進化によって磨かれた生と死の仕組みを受け入れることが大切だ。年を取るということは修復が行われないということ。何をどの位、修復すべきか進化の過程で定まった。そしてその結果が寿命であり私たちヒトの寿命。