ローランデは階段の反対側で次の扉へと向かう、アイリスの姿に振り返る。
彼がこんなに取り乱す姿は、一度しか見た事が無い。
仲間が激戦地に残され、絶望視された時だった。
ローランデは別の場所に出動が決まり、支度を終えて野営のテントから出ようとした時、アイリスと、その上官との諍いを、聞いた。
「・・・どうして・・・ラロッツを助けに行かないんです!」
彼の声はいつも、親しみと若々しい信頼感に溢れていたが、その声にはひっ迫感が、あった。
つい、聞き耳を立てるが上官は、諦めの吐息を、吐いた。
「・・・ラロッツ隊はぐるりと敵に取り囲まれ、全滅は時間の問題だ。
シャーネン隊へ援軍を送る命令が下っている。
あそこが持ち直せば、少しは敵の進行を押さえられるしそれに・・・ラロッツがあの場を守りきれなかったからこそ、今こんな事態に、成っている!」
アイリスが、怒鳴ると思った。
が、彼の声は静かだった。
「守りきれない責任を、全滅という形で取らせると言うなら、私は黙っていない」
その声が、あんまり低く、静かだったので、ついローランデは二人の話すテントの中を、覗き込んだ。
アイリスは少し青冷めた顔色でだがその表情は厳しく、静かな威嚇を上官に向かって放ち、これが年下の、あの人懐っこい育ちの良い坊やかと、思う程の気迫だった。
上官はその時ようやく、アイリスの叔父が大公である事を思い出し、つぶやいた。
「・・・どうしようと言うのだね?」
上官も彼も、アイリスが叔父の名を使い、ただでは済ませないと脅すと、待ちかまえたがアイリスは静かに言い放った。
「すぐ、私に出動命令を。ラロッツの元へ」
これには、上官もローランデも、びっくりした。
「・・・わ・・・解ってるんだろう?
私はたった今、ラロッツは敵に囲まれていると・・・!」
アイリスは直ぐ、早口で言い返す。
「では尚更早急に援軍が必要だ」
「敵の数は、二百近い!
周囲から押し寄せられたら、たった20数名で・・・一体どうやって切り抜ける!
逃げ場は、無いんだぞ!」
「私の隊が出向けば、一人頭5人を斬り殺せば撃退出来る計算だ」
言葉の内容はともかく、アイリスは引く事を一歩もしない決意に満ちていて、彼を止める言葉はその上官には無いだろう。とローランデはその時思った。
アイリスは、驚愕に目を見開き自分をただ見つめるばかりの上官に、舌打つように忌々しげに、だがやはり低い、静かな声音で、底に気迫を滲ませ断固として言い放った。
「時間が惜しい。さっさと命じてくれ!」
上官は彼のいつもの品の良さに隠されたその気迫の鋭さに青冷め、怒鳴り返した。
「君を死地に送ったと、非難されるのは私なんだぞ!」
「あなたにその責任は取らせない」
直ぐに言い切った彼はとても静かで・・・だが底に秘めた凄まじい気概に満ちていた。
つづく。

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