その頬に涙が伝って初めて、ローランデは彼の肩を抱き寄せるとゼイブンは崩れるように彼の右肩に顔を、埋めた。
「・・・何が、清廉潔白な剣士だ!
俺をいじめて、楽しみやがって・・・・・・・・・」
ローランデは大きな子供に言うように、そっとつぶやいた。
「楽しんで、無いから・・・」
「それでもだ!意地悪しただろう?
どうして“気"を抜かない!俺は殺気に、反応するんだぞ!」
「・・・・・・悪かった」
ローランデが彼の背にそっ、とその手を添えると、ゼイブンはすっと顔を起こした。
俯いたままだったが、ローランデに小声で告げた。
「・・・野郎とこれ以上抱き合う気は、無い。
ギュンターが睨むしな」
言われてローランデがギュンターに振り向くと、無意識にゼイブンを睨んでいたギュンターははっと我に帰り、オーガスタスとディングレーとローフィスに、呆れて見つめられた。
ゼイブンはアイリスに振り向き様怒鳴った。
「・・・息子の前で恥をかかせて、満足か!」
テテュスはアイリスを見上げたが、アイリスは大きく息を吸うと、俯いた。
「・・・だって君がまさか、ローランデ相手に上を行ってあそこ迄・・・追い詰めるなんて、予想外だったし。
・・・泣く迄戦い切るだなんて思わなかった。
ファントレイユに聞いて見ろよ。
凄く強くて、びっくりしたと言うだろう」
ゼイブンは彼の横にたたずむファントレイユを、見た。
ファントレイユの方が泣き出しそうで、ゼイブンは一瞬拳を握って顔をくしゃっと歪めると、息子に向かって両手を広げた。
ファントレイユが彼の胸に飛び込み、彼にしがみついて震える声で、告げた。
「・・・殺しそうで、怖かったの?」
ゼイブンは顔を下げたまま、胸のファントレイユを引き剥がし、その顔を伺った。
ファントレイユの瞳に、自分と同じ・・・真っ直ぐ見つめて来る、ゼイブンの涙で濡れた輝くブルー・グレーの瞳が映る。
「・・・お前が何も感じずに人を殺せたら・・・それはそれで・・・怖いが・・・だが・・・ちゃんと人並みの感覚があるんなら、人殺しなんてただのロクデナシだと覚えとけ!」
ファントレイユはゼイブンの短剣を投げた左手がまだ、震えているのを、知った。
そしてそっ、と問うた。
「・・・ゼイブンは凄く・・・強いのに?」
だがゼイブンはファントレイユの肩を揺すった。
「・・・こんなのは・・・こういうのは、強く無い!
絶対に違う!」
皆はそう言い切るゼイブンに感心した。
「・・・本当に・・・強いのはどれ程怖くても・・・怯まぬ奴だ・・・。剣を持たなくても・・・意思の折れない奴の事を、言う。命を奪うのはただの“力"で・・・力が強ければ強いんだと、絶対カン違いするな!」
ファントレイユは良く・・・解らなかったが、こくんと頷いた。
それがどういう事か、はっきりは知らなかった。
けど、鳥肌が立つ程強かったゼイブンがその手を震わせて自分に思い知らせたい事を必死に、心に留めた。
レイファスはファントレイユが・・・いつも、とても情を大切にしている様子に感心していたし、人形に見えるのにその心の底にはどこか相手への気遣いがあって・・・。天然で、色々な事に無頓着で、気が付かない事がたくさんあっても・・・絶対、情を裏切らない彼の事が、大好きだった。
それは・・・ゼイブンがとても、大切にしている物だと、その時初めて気づいた。
ゼイブンはそれを・・・宝物のように大切に、心の中にしまってる。
「・・・死んだら、戻って来ない。
後悔しても、遅いんだ」
テテュスはゼイブンの言葉に、胸をどん!と、殴られた気が、した。
ゼイブンがテテュスの様子に気づいて顔を、上げた。
レイファスは感心した。
ファントレイユもそうだ。いつもはとても他人の感情に鈍いのに・・・こういう時はちゃんと、気づく。
「・・・悪かった・・・。亡くした、ばかりだったな・・・」
ゼイブンが顔を上げてアイリスにそっと告げると、アイリスはテテュスを、気遣わしげに見つめた。
テテュスは俯いていたが顔を、上げてゼイブンに訊ねた。
「・・・死なれて・・・後悔した事が、ある?」
ゼイブンはその、まだ綺麗に見える顔を苦く歪めて俯いた。
「・・・それまで俺は自分はそこそこ出来た男だと、思ってた。だがてんで・・・ロクでなしだと解った時、本当に自分に、がっかりした・・・。
その程度ならいい。
・・・だけど・・・死ぬべきじゃない相手を、間違って殺しちまって・・・。
代わりに自分が死んだ方が、マシだと思うような相手をだ。・・・どれだけやり直そうとしても無駄で、俺みたいなくだらない奴の方が生き残ったと解ったら・・・絶望的な気分に成った。
希望が全然無いのは・・・・・・・・・」
テテュスがそっと、俯いてつぶやく。
「底なし沼だね」
ゼイブンはそう言うテテュスを、顔を揺らし、労るように見つめた。
「そんな餓鬼でその気分を味わうのは、辛いだろう?」
だがテテュスは顔を上げ、ゼイブンを、見た。
「でもゼイブンは希望を、見つけたんでしょう?」
問われてゼイブンは、ためらように肩を、すくめた。
「・・・さあな。
そいつが死んで俺が生きてるから・・・そいつのしようとした事をたまに代わってしてる。それに・・・」
「それに?」
ゼイブンは皆の見てる前で、肩を揺らした。
「・・・多分それを続けたら、俺にも別嬪の天使に迎えられて天国に逝く資格が、出来るってもんだ」
レイファスがそっと言った。
「“別嬪"は外せないんだね?」
途端皆が、爆笑した。
つづく。