1万人のマラソンストーリー ~vol.4~ | より速く、より強く、そして・・・より美しく!

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速いランナーになる為に必要なこと
強いランナーになる為に必要なこと
美しいランナーになる為に必要なこと

~すべては、ここから始まります~

これは、マラソンにチャレンジするランナーさん達の物語です。


<vol.4> ある実業団選手の挑戦 ~戦力外通告~


「次のレースで結果が出なかったら、来年の契約は難しい」

こう言われたのは、約1ヶ月前。

下半期の大会日程を確認中の時だった。

余りにも突然のこと過ぎて、最初は何を言われているのかピンと来なかった。

「結果を出せなかったら、どうなるんですか?」

「結果というのは、どの程度の結果でしょうか?」

「契約は難しいって、辞めろということですか?」

私は、思わず身を乗り出して陸上部長兼人事部長である永峰さんに訊いた。

「結果と言うのは、これまでも話してきた通り、日本代表レベル」

「世界ランキングで言うと、10位内」

「そして、日本国内のメジャー大会で優勝もしくは・・・」

「優勝争いに絡んだ3位内でテレビや新聞への露出が規定以上であること」

これまでも、コーチングスタッフとの面談で何度も聞いた話しだ。

「君も30歳を超えて、競技者として一番充実した時期だと思う」

「会社としては、大いにマラソンでの露出とファンの獲得を期待してきた」

「しかし、ここ3年の結果は、その規定を満たしていない」

「必要なら、細かくレース結果をまとめたものがあるが確認するかい」

永峰さんは、あくまでも冷静に淡々と話を進める。

「いや、大丈夫です。自分の結果は、自分が一番分かっていますから」

「ただ、ここ数年坐骨神経痛というか、脚に力が入らない状態だったので」

「100%の状態でレースに出場出来ていないんです」

「だから、今、治療とリハビリに専念しています」

永峰さんが、私の脚の状態を知ってるのを承知の上で敢えて訴えてみた。

私は、5ヶ月前から、名門私大附属病院のスポーツ整形外科に通って、

脚に力が入らない状態の原因を調べて貰っている。

2ヶ月前に行った筋電図検査では、「コンパートメント症候群」と診断された。

区画症候群と言って、神経伝達に障害が出る症状のことを言う。

中学から陸上長距離を始めた選手の中には、走行中に脚に力が入らずに

「カク、カク」とバランスを崩してしまう選手がいる。

私たちは、それを「脚がぬける」と表現する。

「一度、あれが出ると、なかなか治らない」

コーチ陣が言っているのを聞いたことがある。

いつ、どういうタイミングで症状が出るのか本人も分からない。

その症状が出ると、脚が空回りするので、スピードが出ない。

歩くくらいペースを落とし1㎞~2㎞走って戻れば良いが、

戻らない時は、もうその日の練習は出来ない。

いつ「それ」が出るか分からない不安。

「出ないで欲しい。あー、やばい出るかもしれない」

そんな不安を抱えた練習を繰り返すことで、

「トラウマ」になってしまう選手も多い。

原因は、分かっていない。

成長過程における追い込み練習が原因ではないか、

過度な緊張状態が生み出すカラダの拒否反応ではないか、

レースで思うような結果が出せなかった時のトラウマではないか、

そんな風に言われている。

実際には、身体の機能に問題がなくても、緊張した場面で

「またブレーキしたらどうしよう」

「先生に怒られる、チームメイトに迷惑がかかる」

そんな考えが、一瞬でも脳裏をよぎると、

無意識のうちにプレッシャーを感じて条件反射的に起こる。

そういう指導者もいる。


私が検査をしてもらったドクター曰く、

まだカラダが未発達のジュニア選手が

充分な骨格形成がなされていないうちから、

高度に負荷の掛かる運動を続けていくと、起こる場合が多いそうだ。

中学や高校のうちからインターバル練習など追い込み系トレーニングを

頻繁に行い、

「こらー、もっと速く走れー!」

「もっと追い込めるはずだ!」

「もっと自分を追い込めー!」と

タイムを狙わせることで、カラダが耐えられる負荷以上の負荷を

繰り返していると、確かに記録は一気に短縮できる。

しかし、一気に記録を短縮した年の1年半~2年後に

そういう状態になる選手が多いというのも事実。

女子選手の場合は、高校3年生あたりから、その症状が出る。

男子選手の場合は、大学4年生くらいから、時々なり始め、

実業団選手になってから、30歳を超えるまでずっと悩まされる選手もいる。

手術をして治るケースは少ない。日々の苦しいリハビリしか

改善する方法はないと思った方がいいと言われたこともあった。


この症状が出ると、駅伝では怖くて使えないし、練習も満足に出来ない。

近年、高校駅伝や箱根駅伝などの大学駅伝で活躍した選手が、

実業団選手になってから、思うように走れずに辞めていく理由の

ひとつとなっている。

駅伝を走らない選手。

年に1~2回しかマラソンを走らない選手。

メディアへの露出が少なくなっている選手。

それらは、全て、「戦力外」としてみなされても仕方がない。


永峰さんは、私が戸惑っているのを理解しながらも、話しを続ける。

「予算をこれまでより20%削減することが役員会で決まった」

「従って、若手中心のメンバーでチームを作ることになる」

「この2~3年で、駅伝で活躍できる選手を軸にしたい」

「そこのところを良く理解して欲しい」


チームを若手中心にするというのは、既にコーチ陣から聞かされていた。

トラック種目中心の方が、チームの予算は、圧倒的に少なくて済む。

マラソン選手を抱えると海外で合宿をすることも多くなる。

必然的に、長期の強化合宿が必要になり費用もかさむ。

マラソン選手の育成には、長い時間を要する。

大事に育てて、すぐに結果が出ればいいが、経験が必要な競技なので

結果を出すまでに数年単位の期間が必要になる。

更に、選手一人に対して、スタッフは最低3人必要になる。

そこへお金と労力を使うなら、勢いのある新戦力を集めて、

短期的に結果を出せる可能性がある駅伝を強化した方が、

費用対効果の面でも効率が良い。

「私は、ベテランの部類に入りますので、会社の意見も分かります」

「自分が結果を残していないのも理解しています」

「結果が残せていないことは自分自身も辛いんです」

思わず涙が出そうになったが、グッと堪えた。

「君が、長年、会社の為に貢献してくれたのは良く分かっているよ」

「だから、その度に、特別手当をつけたり、インセンティブを与えたり」

「貢献度を評価してきたと思っている」

「十分な待遇を与えてきたことも理解して欲しい」

確かに、その点は、感謝している。

私は、数年前まで、給与と手当合わせて、1000万円を超える年俸を

頂いてきた。

大会から貰う賞金や出場料合わせて、2000万円近く頂いた年もあった。

ここ数年は、ずっと故障に悩まされているので、レースで結果を

残せていないが、有難いことに給与が大きく減ることはない。

以前、チームの予算を管理しているマネージャーが、

私が頂いている給与で、新人選手を3人採用できると教えてくれた。

永峰さんは、そこまでは明言しないが、そこが言いたいのだろうというのは、

この状況なら安易に想像できた。

「分かりました。自分で出来る限りのことをしてみます」

「もう後がない状況だと言うのは、理解しておきます」

「今までお世話になってきたので、恩返しの意味でも頑張ります」

私は、そう言って、永峰さんの方を見た。

「どのレースにするかは、自分で決めて構いません」

「一番結果の出やすいレースを選んでください」

「有終の美を飾れるように会社としても応援しますから」

そういうと永峰さんは、ソファーから立ち上がり、

私をドアの方まで導いて、「頑張ってくださいね」と言った。


有終の美を飾る・・・

その言葉が、心に突き刺さった。

その瞬間、もう後がないことを確信した。

会社なんてこんなもんかという思いと、

今までお世話になったんだから感謝しなくちゃという思いが

複雑に交差した。


(つづく)