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東野圭吾氏の「どちらかが彼女を殺した」(講談社文庫)を読んだ。


死んだ妹が自殺なのか、他殺なのか、死の真相に迫る兄と、その前に立ち塞がる練馬署の加賀恭一郎、加賀の推理が真相に肉薄する。

ある日、東京で働く妹・和泉園子から、愛知県豊橋署交通課で勤務する兄・和泉康正の元に電話連絡が入る。信じていた人に裏切られたという。帰ると連絡があったのに帰らない妹を心配して上京する康正だが、妹の部屋で見付けたのは、妹自身の変わり果てた姿だった。


現場に残った遺留品を所轄が来る前に集める兄だが妹の自殺に疑いを抱く。


部屋からは、園子自身の毛髪と、あと二人の毛髪が採取される。一人は園子の学生時代からの親友弓場佳世子、もう一人は元恋人の佃潤一のものだった。


当初、二人は園子の部屋にも最近行ったことがないと主張していたが、嘘が次々と暴かれていく。園子にタイマーと電源コードを付けて自殺に見せかけて、殺害したのは二人のうち、どちらなのか?


二人のアリバイなども崩していく兄と、加賀だったが真犯人との直接対決する時間が迫るというストーリーです。


まあ、左手と右手の違いや、色々な証拠物から真犯人を特定していく方法がありますが、二人とも、殺すつもりで園子の部屋に行ったと供述してますし、確認のために部屋を再訪もしています。


二人の共同正犯として起訴してもいいのではないかと読みながら思いました。その動機が、過去のアダルトビデオへの出演が暴露されるのが嫌なことだったとかいう理由に笑ってしまいましたが…。


「破壊には必ずメッセージがある」と加賀が言いますが、ものではなく、遺体それ自体のことかもと思いました。


薔薇の絵のゴミ箱から証拠となるものを回収したことから兄は確証を得たようですが、私には何が確証になったか分かりませんでした。叙述トリックは難しいなぁ~。
四基のプロペラが爆音を立てていた。チャーリーは、セオドアが鼻歌を歌っているのを微かに聴いていた。

エノラ・ゲイが基地を飛び立って一時間も経過していた。何時もなら、冗談と軽る口が飛び交っているが、

今日のミッションには、妙な緊張感があった。
高度は千四〇〇メートルを維持しなから、ターゲットに向かっていた。


クロードがターゲットポイントに近づいてきたと皆に声をかけた。


チャーリーは、海と山に囲まれた美しい風景を確認した。これが、日本の広島かぁ~、と心を一瞬奪われた。なるべく、考えないようにしていた。


このミッションが終わったら、臨時休暇が貰えることになっている。チャーリーは、シェリルと海にバカンスに行くことになっていた。


新型爆弾を投下すると決まったとき、街が壊滅するだろうと云われ、チャーリーは慄然とした。何十万人が死ぬことになる。


窓外には、相変わらずプロペラが爆音を響かせていた。


そのとき、光の帯のようなものがエノラ・ゲイを取り囲み、チャーリーは光に目をやられていた。ほかの乗り組み員も慌てていた。快晴だった空が鈍よりとなった。


よく見ると、光の帯は生き物だった。想像上の龍のようなもので、エノラ・ゲイと同じ高度を浮かんで飛んでいた。


稲光も確認でき、龍に攻撃されるのではないかと皆怯えていた。長い夢を見ているような時間が過ぎていた。


次の瞬間には、空にもくもくとした黒雲が沸き立っていた。龍が何匹も雲の中を飛び回っていた。


チャーリーは、龍を目覚めさせ、怒らせたのは我々だとはっきりと悟った。


1945年8月6日のヒロシマ上空の記録。
麻痺の状態が、こんなにも過酷だと考えたこともなかったというのが正直なところだ。精神的麻痺と肉体的麻痺があり、それが混在している場合と別々に顕在化する場合があると思う。緊張感や外的ストレスで、麻痺の状態が酷くなる場合もある。昨日と今日の状態でも違うし、天候によっても変わってくるし、朝と夕方でも違う。つまりは、日々、麻痺の状態というか、様子は変わってくるみたいだ。


リハビリの歩行訓練でも、昨日との歩きが悪くなったり、良くなったりするので、自分のアベレージが分からなく、戸惑ったりする。

歩行訓練も、かなりやるようになったので、怖いとか、足がまったく出ないことはないのだが、麻痺している歩き方だなぁ~、という歩き方からは進歩していかない。


まあ、日常生活の困りごとに直面して、困難を一つ一つ乗り越えていくしかないと思ってはいる。誰かが面倒をずっと看てくれるわけじゃないし、親切に付き添ってくれるわけでもない。できなくっても、やれることで、後の人生を送る他はないのだ。


超高齢化社会の日本で充実した福祉制度が維持できるのは、あと数年だろうと思う。コロナ禍で日本の福祉制度や医療制度が地盤沈下してしまうのは速まった気がする。もっと深刻な事態が到来すると思う。


救急車を呼んでも、半日こないとか、行き倒れの人が放置される社会が来るのではないか…。