すべての人間の人生を写し取り、文字の中に、物語のなかに閉じ込めることが彼の幼い頃からの夢だった。

しかし、自分の人生と時間にも限りがあり、限界があった。一日の時間を二十五時間にすることができたら、どんなにか彼は助かるだろうと思った。


彼は眠る時間を削り、人々の暮らしや思考の痕跡を写し絵に活写することにした。そのために、濃い珈琲を愛飲し、昼も夜もなく大量に摂取した。珈琲を飲んでいることで、文字を綴ることが進んで、頭がはっきりと覚醒するのが分かった。

現実も、夢も彼のなかでは等価だった。人々の生きている鼓動が、珈琲の匂いと伴に彼の思考の襞の奥底へと定着した。


彼は人々の痕跡を文字のなかに閉じ込めることで、人々の人生を左右し、王様のようにふるまった。あるものは、金持ちから貧乏人に転落し、あるものは社交界で成功し、あるものは狂気のなかで人生を閉じた。


彼は王様である印として、虫が閉じ込められた水晶が持ち手についた杖を常に持ち歩るくようになった。虫が閉じ込められた水晶は、かなり珍しく、探すのに苦労した。


彼の創作活動は、十年となり、何十年にもなった。
ふっと彼は自分の人生を文字のなかに閉じ込めていないことに思い当たった。


時間は残されていなかった。老人になった彼には、文字を綴るペンを持つ気力も、珈琲で覚醒する気力もなくなっていた。


時間との闘いに敗れたように老人は灰のように真っ白になった。
彼のそぱには大量の原稿用紙と王様の印である杖だけが、残されていた。


年始の病院は外来は三日まで休みだが、リハビリ病棟は休みなくやっている。リハビリの回数などは少なくなるが、年中無休の感じだ。


一日からOT、PTが一回あり、二日も同じようにあった。私たち患者は休みなくリハビリがあるので助かるが、正月一日から出勤しているリハビリさんたちも大変である。まあ、少し手当などは付くだろうが、大変な仕事だなぁ~と思う。

さて、症状の方だが、肩の痛みと全体的なずっしりとした重みは、毎日、その感覚が違ってある感じが続いている。結構、難儀な感覚である。


手の位置や、腕、肩の角度によっても痛みの発生部位が変わってくるのだ。痛みの部位がある程度固定化してくれると対処の仕方も(それ以上、動かさないとか)、変わってくるとは思う。


二日のリハビリでは施設の外に少しだけ行った。外の空気を吸うのは、八月以来なので新鮮な気分だ。


歩行したが、施設内とは違いアスファルトに靴が引っ掛かる感じがあった。つんのめるまではいかないが、時々、足が止まりそうになる。足をもっと蹴り上げるようにしないと危ないかもしれない。


あとは、病院のアプローチまで行ってみたが、ソテツなどが植えられていて、南国的なアプローチになっていたことに驚いた。前に小学校か、中学校もあった。

大きな毛の長い、この辺の主みたいな猫が悠然と歩いていた。猫の姿を見るのも五ヶ月ぶりだと思うと、どこか違う惑星に来た人間みたいな錯覚に陥った。
世界の果て果てへとイエスの奇蹟を伝えることが、わたしの生涯の努めであるとイグナチウス・デ・ロヨラは思った。


しかし、わたしがこれ程の熱情を注いでも、イエスはわたしの目の前にそのお姿を、その声を聴かせてもくれないとはどういうことだ。


ロヨラは、机上に世界地図を拡げて見ていた。先だってのイエズス会の会議で東方に勢力を拡大することに決まったところだった。東方といえば、地の果て、そこにいるのは、言葉も姿も形も違う異人と聞く、そんな者たちにイエスの言葉が理解できるのだろうか?
ロヨラは懐疑的だった。
ザビエルにでも辺境に行く仕事は任せていればいいだろう。


わたしには、教会内での政治的な交渉ごとがある。神の言葉が理解できない野蛮人を相手にする時間があるわけない。


ザビエルは、東方に向かい中国、日本で布教活動を行っていたが、祖国に戻ることはなかった。


ザビエルの随行員によると突然イエスの声を聞いたと叫び走り回ったという。ザビエルの恍惚とした表情に随行員たちは狂気を感じたという。


随行員たちによると異国の言葉は、古語ヘブライ語に似ており、わたしたちもびっくりしたという。
「ザビエル様はその言葉を必死で聞き取ろうとしていました」という。


ロヨラは、ザビエルが狂ったことを疑わなかった。このことはイエズス会のタブーとなり、ザビエルの業績は改ざんされた。
ロヨラはイエスの声を一生聞くことはなかった。