あと病院にいるのも四日ほどだが、病室移動があった。端から大食堂があるところへ大移動である。もう、病室移動は五回目になるから、あらゆる部屋を網羅したことになる。


環境が大きく変わるわけではなく、窓からの眺めがちょこっと変わるだけである。大食堂に近いので、車イスで距離を移動しなくてすむので助かる。


女性の入院患者が増えたので、病床を確保したいというのが理由らしい。


実家の間取りを想定した訓練などが続く、少し笑ってしまったのが、部屋でも装具を付けて、靴を履いて生活した方がいいようだ。装具は履くつもりだったが、靴も履くとは思ってなかったので、笑ってしまった。

アメリカ人みたいに靴履きで生活することになると思わなかった。アメリカみたいに広い家なら、それもありだと思うが、数歩歩いたら、壁のウサギ小屋だから笑うしかないのだ。


まあ、いまとなるべく環境を変えないで生活するのがいいからだと思うので、頑張ろうと思うが、家族も大変だと溜め息がでてしまう。


退院してもすべてがフリーになるわけではなく、色々な制限があるライフスタイルとなるようだ。


新型コロナで社会や生活が激変しているが、わたしの生活もいままでのようなわけにはいかないようだ。どんな生活になるかは、不透明なところが多いが…。


大食堂の近くは、厨房からの匂いが朝からするんだな。厨房も忙がしく大変そうだ。
朝の六時半、キラキラと舞う砂の微粒子が、長い海岸線をつくっていた。若い男が、ずっしりとしたセントバーナード犬を散歩させている。


病院のベッドの上で禰宜澤雄太は、日に何度も体験するデジャヴ体験に悩まされていた。それは今までのように、フッとした体験ではなく、リアルな既視感の連続だった。


看護師との何気ない会話や動作、医師の診療や病院にあるものなどにいくつも既視感を覚えた。妹の馨が、心配してかける言葉の一つ一つにも、この言葉は前にもかけられたような覚えが自分にはあった。


すべての事態が既視の連続となり、それ自体が日常になってしまうと雄太は、ぐっすりと眠ることもできなくなった。


雄太のデジャヴ体験は、さらに日に日にリアルに、鮮明になってきて、現実との境界線すら怪しくなってきた。


病室のカーテンも、行き交うナースカートも先ほど見たものをさらに繰り返し見ていることに気付いた。


馨は、兄の様子が日に日に変わっていることに、目付きも以前の兄と違っていることに驚愕した。兄の心はここになく、壊れてしまったと思った。


雄太は、朝まで眠れずに海岸線を眺めていた。飼い主の若い男が、今日もセントバーナード犬に引っ張られていた。セントバーナードと砂に足を取られて、若い男が砂の上に倒れ込んだ。

雄太は、その何気ない光景を凝視していた。犬の鳴き声も微かに聴こえる。そうして、その光景の像が網膜に像を結ばなくなった。
そう思った刹那、若い男も、セントバーナードも雄太のなかでは、まったく違う様相を呈した。


若い男とセントバーナードもカクカクとした動きをいつまでも繰り返した。


雄太の耳穴からも、何本もの配線が垂れ下がっていた。
四日から病院は通常営業のようだ。
リハビリも日に三回となった。何だか正月があったのか、なかったのかという状態の年始めである。また、入院患者も日に日に増えてくるのだろう。


病院内も喧騒に包まれるし、患者もどこかソワソワしだすのだろう。それが病院の日常というものである。

午前中は、STとOTがあった。頭が冴えなく、STでやる聞き取りの問題文など、全然できなかった。もう頭の方がボケてきているのかと思う。


お爺ちゃんやお婆ちゃんが、病院の陽の当たるところで、同じような会話を繰り返しているのを半年以上聞いていると、長閑でほのぼのするなぁ、と思う一方、大丈夫か、俺などと我に返ることもある。


OTでは、とくに肩の痛みを中心に腕の曲がり方などをみてもらった。手を後ろに伸ばすことなどできない部分がある。可動域の限界がどこなのか、痛みが可動した場合、どかから生じるのか、座位と寝た状態で確認してもらう。自分的には、肩の重みや痛みが、歩行やあらゆる動きに大きな影響を及ぼしているように思う。


午後はPTがあった。歩行の質を上げることが必要だろう。専門的な人が見れば、数ヶ月前とは歩き方も変わっているというが、自分的には変わってないように思う。


足をとにかく前に出し、地面を踏みしめる、踏み潰すように歩かないといけないと言われた。


あまり、焦って結果を求めても仕方ないとは思う。
ああ、これは自分の歩き方だと実感できるように歩きたいものである。