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映画の日なので、シネマサンシャイン池袋でJ・J・エイブラムス監督の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を観た。


ハリンソン・フォード、キャリー・フィッシャー、マーク・ハミルなどシリーズで活躍した往年のオリジナルキャストが勢揃いしたシリーズ七作目であります。

帝国軍の残党組織「ファースト・オーダー」は、ジェダイの騎士スカイウォーカーの居場所を示した地図を奪い取るために、惑星ジャクーの村を襲撃した。激しい戦闘の中、レジスタンスのポーは地図をBB-8に渡して逃がすが、自らはスカイ・デストロイヤーに連行されてしまう。


惑星ジャクーで、廃品回収をしながら家族の戻るのを待ち続けているレイは、砂漠で捕らわれようとしていたBB-8を助け行動をともにする。


子どもの頃に連行されファースト・オーダーの兵士にされたフィンは、捕まりフォースを操るカイロ・レンに自白させられてしまったポーを救い一緒にスカイ・デストロイヤーを逃げ出すが、撃墜され惑星ジャクーに不時着してしまう。


ポーの行方も分からなくなったフィンは、ファースト・オーダーの追手に襲われているレイとBB-8を助け、長い間置き去りにされていたミレニアム・ファルコンに乗り込み、ファースト・オーダーの部隊と空中戦、これを撃破し、振り切り宇宙空間へと飛び立っていく…というストーリーであります。


ハン・ソロ、チューバッカ、レイア姫、ルーク、C-3PO、R2-D2も出演して、同窓会的なストーリー展開ですが、ハン・ソロとレイア姫の間に子どもがいて、その子どもをルークに預けて修行していたが暗黒面に堕ちてしまった。


その子どもが息子カイロ・レンというところが今回の話の一つの軸となっています。息子カイロ・レンを暗黒面から救い出すためにハン・ソロと対峙することになります。


暗黒面に堕ちモンスターとなったカイロ・レンがどうして、フォースの光に導かれなかったか、ルークとの間に何があったのか気になります。


親子の絆の話や、弟子との絆などワンパターンなストーリーですが、それがストーリーに深みを与えるスター・ウォーズシリーズの真骨頂だと思います。


広大な宇宙に生きる家族の物語、群像劇の導入章としてちゃんと成り立っていたと思います。


さまざまな体験の中でフォースを覚醒してルークと運命的に出遇うレイは、今後のシリーズ展開に大きな期待を持たせます。


新キャラクターとしては、BB-8の動き、デザインが可愛かったですね。全編で大活躍です。フィンとの合図にカチッとライターみたいなものを出すところとか、可愛い攻撃の仕方もウケました。


同じドロイドであるR2-D2との絡みも良かったです。スター・ウォーズシリーズは主人たちに懸命につくすロボットたちの物語でもありますね。


村上春樹氏の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」にも「フォースとともに」というセリフがあるので、面白く観れて良かったです。
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村上春樹氏の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ。


東京で駅舎を造る仕事をしている多崎つくるは、三十六歳の独身で、木元沙羅という旅行代理店に勤める三十八歳の女性と結婚を考える付き合いをしていた。


多崎つくるは、高校時代に地元名古屋でボランティア活動をアカ、アオ、シロ、クロと呼びあう仲間たちと行っていた。四人の仲間たちと居心地のよい、一生の仲間だと思える共同体を築いていたつくるだったが、大学生の時に、四人から一方的に絶縁され、心に傷を負い、死の淵をみるような苦しみを体験する。


なぜ、四人の仲間から絶縁されたのか分からず、大学を卒業し、就職して友達と呼べる関係を誰と築くことなく生活してきたつくるだったが、沙羅から昔の仲間に会いに行き、絶縁された理由を確認する時にあなたはきていると告げられる。

アカ、アオ、シロ、クロに会いに行くことを決断したつくるだったが、仲間のお姫さま的存在だったシロに意外なことが起こっていたことを知ることになる…というストーリーであります。


アカ、アオ、シロ、クロは名前に色が入っている登場人物たちで、アカ、アオは男性、シロ、クロは女性で、多崎つくるだけが名前に色が入っていなく、多崎つくるの関係する人物たちには、色の入っている名前の人たちが何故か多いという設定です。


ストーリー的には大きな展開はなく、つくるを巡る個人の歴史をどこまでも記述することに集中している作品です。


類型化されたタイプの登場人物たちと、その個人史の絡み合いになっていますので、「ハードボイルド・ワンダーランド」や「1Q84」などの壮大重厚な物語設定を期待している読者には物足りない内容かもしれません。


登場人物たちは、日本の団塊ジュニアたちで学歴、地位、お金については恵まており、将来的な不安もそれほど感じていない階層、無味乾燥な、透明な世代の代表者です。


そのような登場人物たちを登場させ物語を書くと内省的な生き方を記述していくほかなく、あるいは、それを意図的に言語化することに果敢に挑戦した一冊のような気がしました。


どのような時間、どのような空間から、関係をみるかによって人間の実存性は変化、変節してくるということをつくるの内的体験を通じて言語化する試みです。

肉体と精神の関係、現実と夢(性的イメージなど)との関係、男と女の関係、父親と息子、家族と個、組織と個人、過去性と現在性の関係などをつくるという人間の透視図を通じて浮き彫りにしていきます。それは、仲間からハブられて心にダメージを受けたつくるの魂が再生するまでの徹頭徹尾個人的な問題の物語、事態の連続です。


その個人的な物語が現代性、同時代が抱える普遍的な問題にもつながっていることを村上春樹氏は今までとは違う村上ワールドを構築することで明らかにしようとしたのではないでしょうか。


仲間たちから一方的に絶縁されてしまう経験、精神的危機をつくるは自ら乗り越え、事実に蓋をしてきましたが、巡礼ともいえる再会をはたすことで初めて、その事実にはその事態にかかわった五人五様の物語が隠されていることに気づくことになります。


知らずに過ごすことも可能だった選択肢に、立ち止まり、慎重な見直し作業を加えることでつくるは無色透明なモノクロの世界から、カラーの世界に一歩を踏み出す準備をすることができたような気がします。


沙羅がつくるに言う「記憶に蓋をすることができても、歴史を書きかえることはできない」という言葉に誠実に向きあい、その精神と生活の諸相を描ききるとこのような物語になると思います。


しかし、実際には歴史を平気で改ざんしたり、歪曲するような過ちを人間は多々やります。小説とは記憶に対する一矢でもあります。過去に誠実に向き合うことで、贖罪にはなりませんが、救われ、正しいだろう事実を明らかにすることもあるでしょう。修整することができない一回の人生に押し込められる記憶の重石をいかに取り除き、違う見方ができるか、個人の歴史、世界の歴史に共通する課題であります。


過剰なる名詞に現代世界、自己啓発セミナー、多指症と優生遺伝の話、暴力的なレイプや殺人事件、巨大でシスティマテックな社会など村上ワールドに仕掛けられた挿話に喚起されることで、人と人、人と物の関係が引き起こすさまざまな問題が私たちの生の時間には横たわっていることを改めて教えてくれる物語です。


多指症の記述を読んだ直後にインドで手と足合わせて二十八本の指を持つ人が発見されたとかニュースになっていてビックリ。現実は人間の想像の斜め上をやすやすと乗り越えていっちゃいます。
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伊坂幸太郎氏の「ラッシュライフ」を読んだ。


さまざまな人生、事件が交錯していく物語です。


画商の戸田と若い画家の志奈子は仙台を訪れます。戸田は、志奈子を愛人にして、その人生を支配しようと企みます。泥棒の黒澤は、銀行を襲う計画に仲間から誘われるが、それを断りひとり泥棒稼業に勤しむが、ある日、自分の部屋に学生時代の友だちが泥棒に入るのに出遭います。


父親に飛び降り自殺された河原崎は、自分の所属しているある団体のトップ「高橋」を殺すと幹部塚本に声を掛けられます。精神カウンセラーの京子は、サッカー選手の青山の妻を自分たちが結婚するために殺そうとします。


豊田は長年デザイナーとして働いていた会社を上司の舟木によってリストラされ仙台駅構内を彷徨いていたが、同じように彷徨いていて、鋏で殺されそうになっていた老犬を女から救います、など一見脈絡も、つながりもない、かかわりのないような登場人物たちの人生の糸が縦横に絡まっていき、様々な人生の謎が明らかになっていくという痛快で、深みのある群像ストーリーとなっています。


登場人物たちは、それぞれが悩みを抱え、岐路に立たされており、「何か特別な日」を乗り越え、疾走していきます。


登場人物の中でも、失業して就活している豊田の人生は犬を助けてから目まぐるしく変わっていき、急転直下の展開を迎えます。登場人物の中で、失業を経験しているワタクシとしては一番感情移入できたのが豊田です。


自暴自棄の中で、あれよあれよと拳銃を手にして撃ってしまっていたり、なぜ、こんなことをしているんだという自問自答が痛いほど分かります。


だから最後のところで老犬を手放さなかった豊田に拍手しちゃいました。金と権力だけがすべて、自分こそ、一番豊かな生活、人生を送っていると豪語する画商戸田への贈与の一撃です。

豊田は知らず知らず「志奈子」を救うと同時に、戸田の人生観をも転回させるカタルシスに痺れました。


それぞれの登場人物たちの人生観、価値観の移ろい、転回を引き起こされる事態の中で浮き彫りにする伊坂氏のストーリー構想力にただただ魅せられてしまいます。


実人生のご都合主義と、物語のご都合主義が自然と重なりあっているような不思議な世界が、読んでいて心地よく展開されています。

人間の人生は思うようにはなってくれない、思うようになっていると錯覚することはできるけど、事態が上手く運ぶことなど、まあ、ありえないことをそれぞれの人生に思いを馳せることで教えられます。


物事は単純で、人間のコミカルな部分が、人生のレールをつくっているのかもしれません。


不倫相手の妻を殺そうとする京子の膀胱炎や、飛び降り自殺をした父の声を聞いてしまう河原崎、郵便局強盗に入ったのに一斉に逃げ出す郵便局員を目にして職業倫理に反するのではないか疑問を抱く豊田、同級生にプロの泥棒としての心構えを説く黒澤などコミカルな部分が物語にあるリアルさを与えているような気がします。


エッシャーの騙し絵をどうみるかも百人百様、人生も十人十色、どんな人生にも特別な意味が存在しており、それぞれの事件が存在しています。


その人生をどう生きるか、どのような心づもりで生きていくか? 指針は「イッツオールライト」でいいのかもしれません。


しかし、用意周到なプロ中のプロの泥棒・黒澤が自分の部屋の隣の住人の顔を知らないというのは、ちょっとありえなくないか~、と思いました。