
町田康氏の「実録・外道の条件」(角川文庫)を読んだ。
同書には、「ファッションの引導鐘 1995年5月」「ロックの泥水 1996年4月」「地獄のボランティア 1996年11月」「紐育外道の小島 1998年7月」の各編が収められています。
読む前は、タイトルからヤクザの皆さまでも主人公にした虚構劇かな、と思っていましたが、業界もの、主に著者のフィールドとなる出版、音楽業界に蠢く業界人たちが惹き起こす奇想天外なトラブルの数々に巻き込まれてしまう主人公(著者)の四面楚歌、七転八倒の物語なのであります。
「ファッションの引導金 1995年5月」は、雑誌の撮影に呼ばれた主人公と理不尽な編集者、奇妙なファッションセンスを持つスタイリストとのバトルです。
「ロックの泥水 1996年4月」は、底辺エンターテイナーの主人公に取り入り、訳のわからない契約を取り付けようとする芸能事務所との果てしない戦いの軌跡です。
「地獄のボランティア 1996年11月」は、ボランティア精神を押し出し、あらゆる仕事を無償化しようと企む者たちと、それに抵抗しようとする主人公との激しい心理線の記録です。
「紐育外道の小島 1998年7月」は、意識高い系の出版社の意識高い系の企画に駆り出されてしまいニューヨークの街をさ迷うことになる自宅主義者の悲劇のお話です。
個人的には、「ファッションの引導鐘」が一番笑わせていただきました。変にプロ意識の高いスタイリストもいるいる、ユルい雰囲気の俺流を貫く撮影現場の悲惨さとか、もう目の前に浮かぶようでした。
スタイリスト猿田くんがシャワー浴びちゃう描写には、大笑いしちゃいました。幾らなんでも、こんな大物はいないだろう、と思いますが、いそうでクスクスしちゃいました。
一回お仕事しただけで、変にノリのいい人間とか、自分に優しく、他人に厳しい人たちが平然と闊歩、立ち回っているのが業界ですからね。こんな人いるいるという強烈キャラたちが大活躍、暗躍していて面白かったです。
「地獄のボランティア」の中に出てくるボランティア精神だけであらゆる労働、人間の行為を無償化しようとする人たちとか、業界に限らず日本のブラック企業全てに共通するものを感じます。
目的のためには手段を選ばない輩ほど、社会秩序を乱す要因となっているのに厚顔無恥なんですよ。
町田康描く業界の闇を単なるヨタ話とするか、リアルな世界として真摯に受け止めるかで、その人間の倫理感や、いままでの生き方が問われているような気がします。
上級国民が読んでも何やこりゃ、になるトンデモ話のオンパレードですからね。自らを戒める一編と読み取れるかどうか、日本の社会に一石を投ずる問題小説でもありますよ。
しかし今の日本、外道たちがますます増殖し、大顔で跳梁跋扈しているような気がしてなりません。
