
高野史緒氏の「カラマーゾフの妹」を読んだ。
第五十八回江戸川乱歩賞を受賞したエンターテインメント&SF時代推理小説であります。
乱歩賞の推理小説という範疇には収まらない奇想天外なストーリーが展開される作品です。
十九世紀ロシア文学の偉大なる幻視者ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」をベースにした後日譚となっており、「カラマーゾフの兄弟」で起こった父親殺しの事件を再捜査するところから新たなる物語が始まります。
カラマーゾフ家の家長フョードルが自宅で撲殺されたのは十三年前、逮捕されたのは三人兄弟の長男ドミートリーで、ドミートリーは無罪を主張していたが裁判で有罪となり、強制労働の中、岩盤崩落事故に遭いそれが元で死んでしまう。
次男のイワンはモスクワで殺人事件などを扱う特別捜査官となっていた。フョードル殺害は、自身が下男のスメルジャコフに命じて実行したものかもしれないと思っているイワンは、ドミートリーの無実を証明するためにスコトプリゴニエフスクに再調査のため降り立ちます。
父親の死体が埋葬されている墓を掘り起こし、致命傷となった傷痕を再び確かめようとするイワンに、ホームズを信奉する心理学者であり子爵でもあるトロヤノフスキーなども究明に加わります。
カラマーゾフ事件のとき証言台に立った新聞記者のラキーチンもイワンが再調査に乗り出したということで動き出します。
そして墓地を掘り起こしてイワンがフョードルの頭部傷に確かめたは…というストーリーです。
ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」は、思想小説、壮大な人間ドラマ、推理小説などさまざまな読み方をされてきた未完の小説ですが、推理小説という部分を膨らませてカラマーゾフ事件の書かれなかった事実を明らかにしていくという形をとっていて大変面白く読ませていただきました。
次男のアレクセイやゾシマ長老などももちろん出てきますので、ドストエフスキーの原作を読んでいると人物関係や物語の背景が知れてさらに面白く読める作品だと思います。
自分も書かれなかったドストエフスキーの第二部はどんなだろうと考えたことはあるので、人物再登場でコーリャやゾシマ長老、「大審問官」なんてのも出てるとワクワクしてきちゃいます。
ただ、キャラクター像の矮小化や重要なエピソードの援用がご都合主義になってしまうのはこの手の作品にはしょうがない部分もあるかもしれません。
「カラマーゾフの兄弟」とは、「ロシア的」なもの、その時代の内的精神に迫る群像劇であり、次世紀に問題となるであろうさまざまな種が蒔かれている十九世紀と二十世紀とをつなぐ壮大な叙事詩であります。
それをどう料理して、落としこんでいるか、それは偉大なる前任者の考えた壮大なるプロットに沿うものであるのかなどと考えると自由に想像はするでしょうが、作品化するのはなかなか勇気のいることだと思います。
ロケットランチャーをほいほいと担ぐアレクセイや、多重人格であるイワンという設定もドストエフスキーが創造した人物像を薄っぺらな感じにしてしまっている気も読んでいてしました。
あらゆる人物の前任者が作り出したイメージを引き剥がし、あらたな人物像を再構成(イワンが多重人格など)し、物語を別視点で再構築する作業がどのくらい成功しているかが作品の評価をわけると思いますが、まったく別次元のお話ということであるなら面白い合格作品だと思います。
犯人の犯罪にいたる犯意の形成が粗雑でたんなる自分に都合よく人を殺めるような、彼が人格であるのか?ちょっとクエスチョンであります。
ただ、このような大胆不敵な空想力は嫌いじゃありません。

