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太朗想史郎氏の「トギオ」(宝島社)を読んだ。


同書は、第八回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞したSFミステリーであります。


蓮沼建は貧しい山村に住む少年だったが、ある日、口減らしで捨てられた「白」を保護する。「白」を拾ったことでクラスで虐められ、村では村八分に遭ってしまうことになる。


「白」の本当の兄である稔と建の間には大きな溝、確執ができてしまう。そして、稔の大好きな姉の香里がまた貧しい家の犠牲となり酌婦となるべく人馬喰に売られる事態になる。


姉を行かせたくない稔は人馬喰を石で撲殺する。その現場に立ち会っていた建は、稔とともに村を出て新しい土地で生活を始めるようになる。


社会の矛盾や虐げられた人々との出遭いを繰り返しながら、金持ちの街・東暁で建は誰でも狙う殺し屋に成長し、その腕を組織に見込まれる。


オリガミを通じて妄想空間で快楽を享受したり、無宿者と力仕事をしたりしながら無為な日々を過ごす建であった。


ある日、建はテロリスト「真紅の鷲」のある計画に巻き込まれ、知らず知らずのうちに東暁沈没に加担してしまうことになるのだが…というストーリーです。


近未来だか、異世界だか判別が難しい作者の独特な世界観を面白いとして読めるか、読めないか、なかなか解釈や捉え方が一筋縄ではいかない作品世界だと思います。


大都会と地方の格差、貧困の問題、テロリズムの恐怖、テクノロジーに支配された人間の姿など現代日本が抱えるさまざまな問題を先鋭化させた世界の中で、もがき生きている人々の姿をどこか虚無的な眼差しの主人公を通して描いています。


主人公が信じているものが何であるのか、読み取れる箇所が少ないような気もします。


自身の分身でもあり、仮想空間で誰とでもつながれるインターフェイス・オリガミが保存している建の情報を再構成した擬制された世界の話だとすることも可能だし、すべてが幻影だと解釈することも可能です。


自分を拾い救ってくれた兄の微かな想い出、記憶を東暁の支配者となった「白」が自身に都合のいいように新たに作り出した記憶かもしれず、どれが本当の世界なのか分からなくなっていく仕組みなのかもしれません。


さまざまな人々を通して見られる、保存される殺し屋建の姿はどれも真実でありながら、多様であり、脆弱な情報の堆積でしかありません。


彼の持っている偽のオリガミと、正規のオリガミのどちらが本当の彼をうつすものだかも分からず、さらに現出している過酷な世界のどれが、なにものが真実であるかなどさらに分からない問題なのです。


そこには「白」を幼い頃に助けたという事実が残されているだけです。


さまざまな問題や世界にアプローチできるストーリーですが、そのストーリーへの身近な接触方法を見付けるこてができればシンプルで単純な生存を賭けた人間たちの姿が浮かび上がってくるかもしれません。


断片的な記憶の中で、主人公が出遇う魅力的な人たちもそこにはあります。東暁の支配者龍や、踊り子の蜻蛉、孤独な少女美香子など、世界システムの中で翻弄され、人生に抗いようもなく、それでも生きているような登場人物の姿をいまの自分に重ねることもできます。


人生や世界のある価値観に支配されるか、被支配かというのは表裏一体で考え方や人生観によって違ってきますし、その違いをことさら強調する生き方もつまらない。廻り出した人生に自ら解答を与えるだけの人生でいいのか、と作者は物語様のカタチを取りながらメッセージを与えているような気がします。


主人公にあっては殺した人数だけ事実が積み上がっていきます。だから主人公は徹底的にクールに、虚無的に自分の人生に向かいあっているのではないでしょうか。


ニーチェの言うように「深淵を覗くとき、深淵もこちらを覗いている」とトンデも世界が飛び出してきた、それを小説化したような作品になっております。
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中山七里氏の「ヒートアップ」(幻冬舎文庫)を読んだ。


厚生労働省麻薬取締官・七尾究一郎の活躍を描く推理小説であります。


厚生労働省の麻薬対策課のエース七尾究一郎は、クスリに耐性がある特殊な肉体を生かして、潜入おとり捜査を行い抜群の検挙率を挙げていた。


そんなある日、渋谷の若者を中心にヒートなる薬物が蔓延し、暴力事件などヒート絡みの事件が頻発していた。


ヒートはスタンバーグ社が局地戦用に開発した兵士向けの特殊薬物であることを掴んだ七尾だったが、肝心のヒートの売人である元スタンバーグ社の社員の行方をつかめないでいた。


そんな七尾に接触してきたのが広域暴力団・宏龍会渉外委員長でナンバー3の山崎だった。山崎は、ヒートがチャイニーズマフィアや他組織に渡ることを恐れて同じくヒートの売人を捜しており、手を組む話をあろうことかマトリの七尾に持ち掛ける。


マトリとヤクザが手を組むという前代未聞の話に裏を感じる七尾だったが、ヤクザの持つ情報網、圧倒的な組織力の前に協力するのもやむを得ないと感じる。上司の篠田は、七尾持ってきたヤクザとの提携話を暗黙のうちに認める。


そして、売人の男のアジトを掴むのだが、売人はマトリとヤクザが監視していたビルで、何者かに鉄パイプで撲殺されてしまう。その鉄パイプには七尾の指紋が何故か残されており、七尾は警察から追われる身になってしまう…というストーリーです。


スタンバーグ社が開発した薬物を巡るヒートの話なので、中山氏の「魔女は甦る」の続編系となっていますが、本作の方がちょっとハードボイルドタッチに描かれて、男臭い感じのする作品に仕上がっています。


一匹狼的、スタンドプレーが好きな取締官七尾の薬物に対する執念がハードボイルド的に描かれていて好きです。ヤクザに見えないヤクザの山崎とのコンビもなかなか読み応えのある部分です。


「魔女が甦る」にはホラー的な恐怖の展開を感じましたが、本作はもう戦場のような展開を繰り広げてしまいます。マトリの捜査、日本国内の薬絡みの殺人事件なのに、米軍まで出てきちゃうのですからハラハラものです。


焼夷弾MK77で埼玉の旧スタンバーグ社日本支社周辺が焦土化されるんですから、状況はもう厚生労働省のマトリの範疇を越えちゃっています。


今回も「魔女は甦る」以上のブッ飛んだ展開になっていますので、後半の疾走感溢れる展開に釘付けになることでしょう。


七尾、山崎コンビがこれで解消されちゃうのは惜しいですね。きっとヒートを巡る物語はさらなる拡散をしていくと思いますが…。


七尾の唯一尊敬していた人の動向も気になりますしね。そういう意味では、何度も何度もヒートに男たちが命をはって立ち向かっているのに、ヒートが暗闇から立ち上がってくるような恐怖を憶える作品であります。


ヒートの解毒剤が約束通りに作られるのか、米軍はヒートを手に入れたのか、など回収されていない伏線がいくつもありますので、今後の作品世界の拡大が楽しみではあります。


男臭いと感じた作品でしたが、意外な人の意外な素性のネタばらしが最後の方に用意されています。
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下村敦史氏の「闇に香る嘘」(講談社)を読んだ。


第六十回江戸川乱歩賞を受賞した重厚な内容のミステリー小説であります。


嵐の夜、横浜港に入港したコンテナ船のコンテナに中国からの密航者が隠れていたが、空気穴が塞がれて遺体の山が築かれていた。その遺体の山に潜んでいた一人が入管に捕まり、もう一人が街の闇に逃走する。


村上和久は満州開拓団の生き残りで、日本に引き揚げてカメラマンとして生活し結婚もしていたが、ある日、全盲となり、妻と別れ娘も出ていき、今は一人で常闇の中を生きていた。


そして、和久の孫夏帆が腎臓病で生体腎移植が必要だった。自分の腎臓は移植に適していないので、中国残留孤児で今は岩手で母と暮らす兄竜彦に腎移植のための検査を受けてくれと頼むが頑なに拒否されてしまう。兄の様子を不振に思った和久は、竜彦が偽者ではないかと疑いを持つ。


全盲の視覚障害者であり、行動が制約される和久であったが兄が本物か、偽者かを当時同じ開拓団にいた人たちを捜し出し、兄のことを聞こうと訪ね歩く。


調査を始めると、暗号のような点字の俳句が送られてきたり、路上で倒されたり身の危険を覚えることが次々に起こっていく。そして、兄はヒ素を隠し持っており、実の母を殺そうとしているのではないかと疑うまでになる…というストーリーです。


全盲で周りが見えないために、訪ねる人々の話や行為の一つ一つを疑ってしまう主人公の心の動きがなかなか読んでいて辛いですし、ソ連が侵攻してきた時に開拓団を見棄てて逃げ出した関東軍や、満州での避難行、中国残留孤児という戦後問題などが絡み、昭和の戦中、戦後を背景とした重厚な人間ドラマが描かれております。


疑いから、兄への憎しみまで抱くことになる主人公の閉ざされた世界が、暴かれた真実によって最後の最後で百八十度転換します。その真実は主人公和久にとっても辛いものでした。


民族とは何か、家族の絆とは何か、アイデンティティーとは何かを考えさせる内容となっています。


軍や国の政策に翻弄されるのはいつも何も知らされない人々であるのだなぁ~と読んでいて強く感じました。この家族のような話が戦争中はたくさんあったのだろうと思います。


子を思う親の気持ち、親を思う子の気持ちが常闇だと考えていた人間の世界に光を射し込みます。親と子の血のつながりと育てのつながり、それはどちらも強いつながりで差はありません。


血のつながりを疑うことで主人公は、さまざまな疑いを持ってしまうのですが、その根底にも孫娘を助けたい、自分は孫娘さえ助けることができないという無念さがあります。


この小説には本当の悪人が出てこないことが一つの欠点としてもありますが、悪人がいない善の心がこれ程浮き彫りになるどんでん返しの効果に物語の強さ、作者の強いメッセージを感じることができます。


疑いを抱く気持ちも必要だが、生きるための嘘もこの世には存在しており、さまざまな善、さまざまな優しさを見失っていることもあるということです。その間隙を埋めるのがきっと他者への理解ということなのだと思います。


血のつながった親も、育ての親も同じく親です。この世界には親が子を殺す、子が親を殺すリアルな世界が存在もするのですが、親の子に対する愛、子の親に対する信頼は無償のものでしょう。それは、国や民族を超える人間にだけ与えられた力なのだと教えられました。


ミステリーという枠組みはもちろん、重厚な人間ドラマが展開する読み応えのある感動作となっています。