仕事をしなくなり、3ヶ月以上が経つ。あれっ、俺って仕事してたっけ? と本気で思ったりする。
まあ、俺の代わりは幾らでもいるし、例えば、人間、いつかは死ぬんだから、いつかは仕事も、その存在さえも地上から消失するものである。永遠にあるものなどありはしない、と理屈では解っていながら、自分は数多あるもののなかで不可欠な存在と意地をはるものである。
病院にいると、このなかだけで、生活が完結してしまうので、一瞬自分が透明人間になったような気がする。
作家や芸能人の闘病記などをたまに読むと何、何を食べたいという食べものの記述などが多いが、その気持ちも分かる気がする。
人間、最期は食べ物や生存に係わることしか関心がいかないのかもしれない。
食事と言っても、病院食しか食べられないので、体重も大分減り、五キロぐらいの減量になりました。
病院生活は、普通に過ごしても効率のよいダイエットができます。
因みに、病院食はお魚か、お肉の主菜に、野菜などの小鉢に、汁もの、ご飯が付いています。記述すると普通なのですが、味付けや料理法が独特なのです。1ヶ月でバリエーション的に飽きてきてしまいます。
朝、昼、晩と食べられるのは、ありがたいですがね。
退院までにあと何キロ体重が減ることか、年末前に退院できるか、考える余裕もまだありません。
まあ、俺の代わりは幾らでもいるし、例えば、人間、いつかは死ぬんだから、いつかは仕事も、その存在さえも地上から消失するものである。永遠にあるものなどありはしない、と理屈では解っていながら、自分は数多あるもののなかで不可欠な存在と意地をはるものである。
病院にいると、このなかだけで、生活が完結してしまうので、一瞬自分が透明人間になったような気がする。
作家や芸能人の闘病記などをたまに読むと何、何を食べたいという食べものの記述などが多いが、その気持ちも分かる気がする。
人間、最期は食べ物や生存に係わることしか関心がいかないのかもしれない。
食事と言っても、病院食しか食べられないので、体重も大分減り、五キロぐらいの減量になりました。
病院生活は、普通に過ごしても効率のよいダイエットができます。
因みに、病院食はお魚か、お肉の主菜に、野菜などの小鉢に、汁もの、ご飯が付いています。記述すると普通なのですが、味付けや料理法が独特なのです。1ヶ月でバリエーション的に飽きてきてしまいます。
朝、昼、晩と食べられるのは、ありがたいですがね。
退院までにあと何キロ体重が減ることか、年末前に退院できるか、考える余裕もまだありません。

