仕事をしなくなり、3ヶ月以上が経つ。あれっ、俺って仕事してたっけ? と本気で思ったりする。


まあ、俺の代わりは幾らでもいるし、例えば、人間、いつかは死ぬんだから、いつかは仕事も、その存在さえも地上から消失するものである。永遠にあるものなどありはしない、と理屈では解っていながら、自分は数多あるもののなかで不可欠な存在と意地をはるものである。


病院にいると、このなかだけで、生活が完結してしまうので、一瞬自分が透明人間になったような気がする。


作家や芸能人の闘病記などをたまに読むと何、何を食べたいという食べものの記述などが多いが、その気持ちも分かる気がする。


人間、最期は食べ物や生存に係わることしか関心がいかないのかもしれない。
食事と言っても、病院食しか食べられないので、体重も大分減り、五キロぐらいの減量になりました。


病院生活は、普通に過ごしても効率のよいダイエットができます。


因みに、病院食はお魚か、お肉の主菜に、野菜などの小鉢に、汁もの、ご飯が付いています。記述すると普通なのですが、味付けや料理法が独特なのです。1ヶ月でバリエーション的に飽きてきてしまいます。


朝、昼、晩と食べられるのは、ありがたいですがね。


退院までにあと何キロ体重が減ることか、年末前に退院できるか、考える余裕もまだありません。
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装具を手と足に着けている。手にはスバイダー何とかという指が曲がらないようにするもと、足には指先が曲がっても歩けるようにするものだ。


スバイダーは、寝るとき以外装着しているお陰か、指が曲がることはなくなった。真っ直ぐにし、指も一本ずつ動かすことはできる。親指と人差し指が動けば、かなりのことができるようになるだろう。今後は、二の腕や肩がスムーズに動くようにリハビリしていく必要がある。


足の装具だが、自分の足にフィットするやつを作る予定だ。自分専用のやつだ。月曜にその計測だか、何だかがある。やはり最初は装具と、杖がなければ厳しそうである。ヨチヨチ歩きの赤ちゃんより、歩きが下手くそかもしれない(>_<)


指先に余計な力、末梢神経に力がいってしまうのは、腹や肩でコントロールしないからだという。体感を鍛え、コントロールできれば、余計な力が入らずに、身体をコントロールすることができるという。まあ、体感が弱いから苦労しているのだが。身体は適度に鍛えておくのだったと後悔しております。


自分の装具ができて、早く歩行訓練をしてみたいです。
ヨチヨチ歩きから、小走りできるまで行けるかな?

過去、小走りできたヒトがいたみたいですが、かなり難しいと思います。麻痺から小走りなんてスーパーマンやん???


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字を書くのは難しい。日本語の漢字とひらがな、カタカナの組み合わせは、想像以上に難しい。とくに曲線の組み合わせが難しい。


英語も曲線が多いというが、アルファベットを習得すれば、その組み合わせでどうにかなるが、日本語はそうはいかない。


曲線の連続で構成されており、特定の文字だけを習得すればいいという訳ではない。麻痺泣かせの言語といえる。


麻痺してない左手の文字習得も練習しているが、右手で文字が書けるようになると最高なのだが。


筆圧の微妙な問題もあるし、遠い道のりである。まあ、3ヶ月前を考えると、手で様々なことができるようになってはいるが、まだまだ前途多難である。


手について言えば、箸も辛い。いま、食事はスプーンを左手に持っていただいているのだが、右手では箸も、スプーンも綺麗に扱えない。スプーンを持てるように、リハビリしているが、スプーンが安定せず、苦戦中である。それと同時に、「箸ぞうくんⅡ」という介助する優れものを試している。


まあ、腕の麻痺が抑えられれば結構なことができるようになるかもしれない。3ヶ月ぐらいの現状が、その位なので、機能が回復しているのか、どうなのかは分からないというのが正直なところである。


身体が本来の機能を回復することは無いと考えているが、少しでも回復するように、リハビリに励むしかない。