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西村京太郎氏の「幻想と死の信越本線」(集英社文庫)を読んだ。


本書は、「阿蘇で死んだ刑事」「北の果ての殺意」「南紀 夏の終わりの殺人」「幻想と死の信越本線」の四編からなる短編集である。


「阿蘇で死んだ刑事」は、九州の南阿蘇鉄道で起きた電車爆破事件の謎に警視庁捜査一課の十津川警部が立ち向かうミステリー。南阿蘇鉄道の爆破では、同じく一課刑事が乗り合わせており、死亡していた。非番の加東は、連続婦女殺人犯を追っており、それで爆破に巻き込まれたようだ。爆破に巻き込まれた犠牲者のなかに、殺人犯はいるのか?そして、爆破犯は誰なのか、十津川警部の推理は進みます。


連続殺人を目撃したことをネタに、殺人犯をゆする男たちの姿が浮かび上がってきますが、そんな連続殺人犯なら脅されるより、躊躇せず男たちを殺しそうだけど…。


表題作の「幻想と死の信越本線」は、トラベルライターの書いたエッセイを読んで、書かれていた旅館の十一年前に火災で死んだ身元不明の死体は、私の姉ではないかと妹が不審を抱く。そして、そのトラベルライターも、小諸に向かうあさま3号の車内で殺されてしまう。殺人事件と十一年前の火災を繋ぐものは何か、十津川警部が謎に挑むというストーリーです。


姉を殺されていたと信じていた妹と心情を考えると切なくなる結末になっています。


西村京太郎の十津川警部シリーズは、病院などで軽く読むにはいいと思います。閉鎖された病院から、列車に乗って日本各地を旅することが簡単にできます。
昨日はトイレに新しい装具で行けることができるか、やってみた。


杖と装具で不安ではあるが、歩けないことはない。これでOKになれば、車イスとの生活も遠のくことになる。


最近は、麻痺している部分がピンポイントで分かるようになってきた。以前は、手なら手、足なら足の大雑把な部位であったが、いまは、あぁ~、ここの部分が麻痺しているな、と認識できるようになってきた。反対に言えば、できないことも自分なりに分かるようになったといえる。


リハビリも、その動きが出来るか、出来ないか、それを見極めるせめぎあいの時期といえる。


麻痺した部分に負荷を与えた方がいいのか、与えない方がいいのか気になるところである。


妙に刺激や負荷を与えて、麻痺が悪化しても嫌だしな。


何事も基礎的なことが大事だと痛感する。ベッドで寝ている姿勢から、右足にしっかり体重をのせて、足を動かすことなど、いい加減にやらないようにする注意力が必要である。基本的なことをおろそかにすると、総合的に全てがおろそかになってしまう。


おろそかにしない強い自制心が求められるだろう。


世間的には、三連休が今日で終わるのか、三連休の結果、新型コロナの感染拡大がどうなるのか気になるところである。この病に対抗するには、孤立を恐れず、自制心を持つことが必要だと思う。


会いたい人に会わずにいることも、いまは必要な時期ではないだろうか。
●夜になると、老人たちの奇声や徘徊が増える。夜9時に就寝だし仕方ないか。

●朝のトイレは激混み。車イス仕様だけど、トイレの数が少ないよな。

●病院のなかで、入院患者が写真を撮っている。病院の記念に一枚。

●看護婦は入院患者に赤ちゃん言葉で語りかける。まあ、赤ちゃんほどしっかりしている人もいないけど。
●何故か分からないけど、みんな缶コーヒーが好き。夜のトイレとか我慢できないのに、よく飲むよな。

●たまに脱走を企てる強者がいる。脱走を企てるけど、基本病人なのですぐ確保される。

●病室を自分の部屋のように改造しちゃてる人がいる。そういう入院患者は下手な看護師より長くいる。

●退院の前日になるとソワソワしだし、落ち着きがなくなる人。そういう人にかぎって、転倒などして退院が延びてしまう。

●日曜の夜は、ナースコールがやたらに多い。みんな、帰れない我が家を思い出すのだろう。

●院長回診のときだけ張り切りだし、饒舌になる入院患者さん。張り切っても、早く退院できるわけでもないのに。

●亭主のお墓が向こうにあると、窓の方を毎日拝むおばあちゃん。死んだご亭主も幸せだろう。こんなに想われて…。

●たまにいる車イスで競争するやつ。パラリンピックでも目指しているんかい。
●たまに繰り広げられる看護師と入院患者との熾烈なバトル。いつもギリギリで生きていたいから~。早く退院したいぜ。
などetc。