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柊サナカ氏の「機械式時計王子の休日 千駄木お忍びライフ」(ハルキ文庫)を読んだ。


千駄木にある時計店で店番をしている十刻藤子の元にイケメン二人が現れる。イケメン二人は、空いている部屋を間借りしたいという。二人の正体は、十七歳のジャンと二十七歳のアキオ、ジャンはジュネーブ時計学校を卒業した資産家だ。藤子とジャン、アキオを中心に、トトキ時計店に持ち込まれる時計にかかわる無理難題を解決していくストーリーです。


機械式時計の蘊蓄と時計師のエピソードを読んでるだけで面白いですが、藤子と亡き父親との確執なども話に深みを与えるものとなっています。


店の上にあるハワード社製の大時計をジャンとアキオが修復して、町の人たちがさまざまな思い出を蘇らせる話や、婚約した藤子の友だち千穂が婚約者の母親から高価な機械式時計を貰って、結婚を躊躇してしまうエピソードが面白かったです。


また、藤子の父親が独立時計師を目指しており、志し半ばで死んでしまったが、藤子を思って藤の花をモチーフにした精巧な機械式時計を遺していたことなど物語のクライマックスが涙をそそります。


男たちがロマンと言って、のめり込む世界に藤子も魅せられていきます。


精巧で、精密な小宇宙ある時計の世界に読者たちもいつの間にか魅せられしまうこと間違いありません。


著者の本は初めて読んだのですが、単なる衒学趣味の読み物ではなく、キャラクターがしっかりした魅力的な物語に昇華させています。ほかの本も読んでみたくなりました。
昨日のリハビリは、PTが二回とOTが一回だった。新しい装具を装着して、ストレッチなどを入念に繰り返す、この時点で足の状態などが分かる。


足に体重が乗っているか、指の内反が酷いか自分でも感じることができる。ギュと膝にストレスが加わるのも感じるのが分かる。じゃあ、ストレスがかからないようにすればいいのだが、それほど単純な話でもない。


方向転換の際に、足の運びが悪いと言われていたが、足を見ながらやるから悪くなることが分かった。足を見ないでやると歩行転換の足運びも良くなることを発見した。


STでも言われたが、聞く情報処理より、視覚的情報処理が優っているので、なんでも視覚で情報処理する癖がついているのかもしれない。身体の癖みたいなものを知らないのと、知っているのとは、麻痺感覚の改善にも違いがあるかもしれない。


歩き方は、改善されてきているという。手が前よりも挙がってこなくなってるし、足が出なくなることもなくなっているという。


自分的には歩き方に変化をあまり感じることはないが、もう外を歩かなくなって、大分経ち足の筋力自体かなり落ちたと思う。


足だけじゃなく、体全体の筋力をつけていかないと、渋谷のスクランブル交差点を渡ることも、難しいのではないだろうか。
倒れたときが夏の盛りだった。もう曇天の空模様があたり前の冬になったんだな~、と病院の窓から外の様子を眺めやる。


時間だけが無情に過ぎていくのを感じる。実家へ連絡をいれると、夏季特集号で仕事をした原稿料を振り込んだと会社から知らせがあったようだ。そんな仕事もしていたかなぁ~、とぼんやり振り返る。


この時期になると年末進行でかなり忙しくなるのだが、入院した当初は、2、3ヶ月で退院できるだろう、と考えていたのだが、もう無理な話のようだ。


今回の年末年始は病院で過ごすことになりそうだ。
まあ、ここ数年の年末年始は管理人の仕事もあり、ビルに缶詰になっていたので、もう、その心配もなくなったようだ。


時間は冷酷な審判者だと思う。今年は、新型コロナのお陰で、そう感じている人は普通に多いと思う。人間なんて時間の囚われ人だと思う。時間の矢を反転させることができないなら、時間に抗うことなく、「今」を受け入れるしかないだろう。受け入れる「未来」にどんなことが待ち受けているか、自分自身納得できるか、何も知らないことが幸せかもしれない。


さあ、次のリハビリが始まる。思うように動かない足と手を動かし頑張るしかないか…。いまは、それしかできないし、それしか手札はない。