昨日はPT二回、OT一回のリハビリだった。


箸ぞうくんを使用して、麻痺している右手を使って実際に食べてみたが、食べ物があっちこっちに行ってしまい、ちょっとした惨事状態であった。食べ物を箸先で掴めるが、口元にコントロールして運ぶのが難しいと思う。肘と肩の震えが、口元に運ぶと伝わり、箸先も震えを感じるのだろうか。食材によっても、箸にくっついて箸から離れないというものもある。繊細な動きを求められる箸は、やはり難易度が高いと思われる。


だが諦めずに、箸ぞうくん以外も探してみたり、肘と肩の震えを抑えてみたりしていきたい。使える手をつくっていくことが重要だ。

さて、足の方だが、ロボットのような歩き方は減ってきたが、まだまだぎこちない歩き。四点杖、あるいは二点杖で室内で歩行訓練をしている。足裏、とくに親指から踵の外側に力がかかるように意識しないといけない。歩行でも、大丈夫な左足に重心がかかるように油断しているとなる。もっと右足を信頼して使うようにしないといけないと思う。


食堂へ歩いたり、トイレへの歩行なども続けて行った。


歩行距離が、距離と言ってもたいした距離ではないが、増えた分、足の股やあらゆるところが筋肉痛で酷くなっている。


まあ、以前は筋肉痛を感じることもないほど、足は動かなかったから、痛みを糧にして頑張ろうと思う。
高村光太郎の「レモン哀歌」、字を練習する課題として改めて読んでみたが、学生時代に読んだ印象と違うので再解釈を試みる。


智恵子抄は、高村光太郎の妻が病床に伏せて、懸命に生きる姿に力強さも感じながら、愛する妻を想いながら綴った連作詩集である。

「そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で」


レモンは明るい生の象徴でありながら、それは死の隠喩であることを浮き出させる一節である。


「わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ」


レモンを噛むことによって、生の感触を感じるとともに、死の暗さも封じこめる祈念が込められている。


「トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした」


身体感覚と記憶の覚醒がレモン数滴によってなされたことを象徴的に表す。


「あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ」


あなたの眼が、いまだわたしを捉えていることに、そして命の力強さに驚愕する様。


「あなたの喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた」


病気による死を、その苦しみ、あるいは、その生の儚さを『生涯の愛』という言葉に結実させた詩句。


「それからひと時
昔山巓でしたような深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置こう」


最期の深呼吸を一つして、絶命する智恵子。苦しい闘病の末に消える生命の火と智恵子がその存在を喪失した後、智恵子の生と死の象徴であるレモンという果実にその姿を投影させ、自らが智恵子の死を受け入れた惜別の思いを込めた詩句。

智恵子が本当にレモンを好きだったのかは分かりませんが、柑橘類は人間の五感に働きかけ、鋭敏な感覚を呼び起こすと思います。


夫の光太郎が病床の智恵子の混濁する意識に呼び掛ける道具として、レモンを意図的に選んで使ったのではないかとも考えられる。
麻痺の症状で顕著なのは、感覚の喪失感である。最初はまったく身体の動き、躍動を感じれなくなり、何も感じなく、その存在も忘れる対象と成り果てる。マグロの状態である。


感覚が部分的にか、一部戻ってくると自分の感覚だと思うが、何か違和感を感じるのである。歯医者で部分麻酔を射った感じがずっと続く感じか。


それから、回復期間に入るとまるで自分の身体だというように麻痺部分が主張をはじめるが、その信号が断続的なものとなり、動きがまだぎこちないものとなってしまう。表層的には筋肉の萎縮や突っ張りとなって表れるものとなる。


最初の脳内出血になったとき、目撃した人は、歯をくいしばり、身体に力が入っていたというが、自分の感覚ではまったくの脱力感覚であった。雲の上を歩いているような感覚だったので、表面的なものと、内面的なものでかなり差異があるものであった。


私の祖父が同じく脳内出血を起こしており、遺伝的要素もあるのかもしれない。

祖父は昭和四十台の頃の発症であり、周りに病院などなかった。リハビリなどの考え方もなく、自力で、歩くことも、喋ることもしていたという。


そう言えば、身体に不自由な部分があったように思う。子どもながらに何か失礼なことも言ったかもしれない。その祖父を想いながら、リハビリに励む日々である。