お察しの通り、当地の主要なテレビや新聞は、事実を逆にしたり、歪曲して伝えます。その世界観によると、お隣はお隣の国民を虐待し、当地の侵略を試みるならず者国家で、当地はお隣軍と戦って、お隣の国民を解放して当地の庇護下に置いていることになっています。その際、住宅地や病院などに弾が飛んでいくのは、全部お隣軍のもので、当地軍は勇敢にそれらを撃退し、住民に人道物資を届けているのだそうです。

 

お隣のほうから見れば、「勝手にミサイルを撃ち込んできて、勝手に戦車を持ってきて、インフラから住宅・病院に至るまで破壊の限りを尽くしている」ので、相応の抵抗をしているまでのことですが。「解放」という言葉については、「平和な世界からの解放」と皮肉をこめて応じています。

 

何はともあれ、当地で何かおかしい、と思う人は、「インターネット」を頼ります。中でも特に使われているツールは、メッセンジャーの「テレグラム」でしょうか。単なるメッセンジャーのほかにも、ビデオ通話・動画配信ツールや、「チャンネル」と呼ばれるミニブログ機能を使うことができ、メッセンジャーとSNSの中間のようなものです。国の機関から独立系ジャーナリストまで、いくつもの「チャンネル」があり、特に発禁メディアやジャーナリスト個人のチャンネルが読まれています。

 

もうひとつが、YouTubeです。いわゆるYouTuberや、ジャーナリストが個人プロジェクトとして運営する番組です。運営者の個性が反映されるもので、国の意見を投影するYouTuberもいますけれども、その真逆もまたいるわけです。プロパガンダ報道を検証してくれる番組、ファクトチェックをきちんとした上で情報を整理してくれる番組、そういったものを見て、異なる情報を得ることができます。

 

また、個人的に面白いと感じるのが、インタビュー番組です。ゲストの選択にも運営者の個性が出ますし、思いもよらないゲストから、思いもよらない話を聞くことができます。最近では、「美しすぎるクリミアの検察長官」として、日本でも話題になった女性でしょうか。彼女がどうやって「クリミア帰属決定」におけるスターとして持ち上げられ、また今どんな思いを抱えて過ごしているのかを知りました。かいつまんで言いますと、あらゆることが自分の思いとは異なる形で伝えられていること、今(禁句)によって両国の人々が犠牲になっており、非常に悲しく思っていること、自分ができる範囲での人道支援に取り組んでいること、当地から「救済」に行ってほしいとは全然考えていなかったことなど、自身の言葉で誠実に語っていました。こういうインタビュー番組ですと、司会者の力量にもよりますけれども、人物の本当の姿、言いたかったことが直接語られるので、報道を鵜呑みにして判断してはならないと、再確認します。

 

もちろん、「チャンネル」やYouTubeでも、いい加減な噂レベルの情報をまことしやかに流すものから、プロパガンダ的なものもあり、玉石混交です。が、何を情報とするか・誰を信頼するかの判断基準をしっかりと持っていれば、非常に役に立つツールです。

 

テレグラムは4年ほど前、当地政府からにらまれて潰されそうになりましたが、優秀なセキュリティシステムのおかげ?か、結局争いはうやむやのまま、逆にお役所が自分のチャンネルをこちらに設定するまでになりましたYouTubeは、現在シャットダウンの危機にさらされています。もちろん、VPNを設定すれば閲覧は可能ですが、YouTube番組の作り手にとっては、「使ってはならない」という制限は打撃となります。テレグラムもYouTubeも貴重な情報源であり、どちらにも長く残ってほしいと願っております。

さて、お隣の言語ですが、どのくらい「同じ・似ている」と言えるでしょうか。

 

何度も言いますが、お隣で当地語が迫害されていた、というのは少々説得力がありません。当地語で活躍するお隣の方は、お隣で平和に暮らしていましたし、私自身、当地語でお隣の人々とコミュニケーションしています。お隣の言語はなんとなく理解はできますが、アクティブに運用するには至っていません。ただ、最近ヒアリング力はついてきたように思います。お隣の方は、ソ連時代の学校教育や、当地にいる身内との交流を通じて、ほぼ全員が当地語とのバイリンガルです。これに外国語としての英語やフランス語、ドイツ語のできる人もいますし、多言語ユーザーの多いお国柄です。お隣語よりも、当地語のほうが得意という方は、お隣の国の政治の世界にもいますし、大統領の噂の主演ドラマも、全部当地語でした。現職の地方自治体の長にも、ロシア語のほうが得意で、主にロシア語を使って仕事をしている人もいます。ところで、ジェノサイドというのは、民族で区別して絶滅させることを言うらしいですが、お隣が、お隣域内に住む当地人のジェノサイドをするというのは、何を基準に・どこでどう分けたらいいのかという問題が発生します。国籍は全員お隣籍、しいて言うなら言語?しかしバイリンガル率がほぼ100%のお土地柄、どうやって当地語スピーカーを区別するのでしょうか。ジェノサイドというのはその規模も大きいようですけれども、十把一からげに片づけるには、当地語話者は溶け込みすぎていて、区別も容易ではありません。またお隣・当地含め、人の交流は活発ですので、純血のお隣人/当地人は、まずいないのではないでしょうか。ですので、お隣がお隣国内で、お隣籍当地人のジェノサイドを実施するのは、とても難しく高度なオペレーションになるかと思います。

 

そしてお隣の言語と当地の言語、「当社比」といたしましては、例えばフランス語とイタリア語をイメージするとよいかもしれません。文法はよく似ているのですが、語彙が違います。少々乱暴ですが、イメージとしてはそんな感じです。それと音声が違います。お隣の言語は非常に旋律が豊かで、やわらかいです。当地語のほうは規則や運用がもっと厳格ですが、お隣のほうはゆるやかです。そんな感じです。

 

そして、そもそもです。お隣は、れっきとした独立国です。その独立国が、自分の言語を公用語として制定することに、何の不都合があるでしょうか。「私は津軽人としてのアイデンティティを保つために津軽語しか話しません」は結構ですが、津軽は独立国ではありませんので、国の所属としては、少なくとも選挙に投票したり戸籍関係の手続きを進めるためには、日本語を運用する必要があります。ですので日本語と津軽語のバイリンガルになるのが筋でしょう。お隣にはお隣語が存在し、当地語とのバイリンガルは非常に結構、かつ、広範にわたる習慣ですが、公式文書はお隣語です。ですので、お隣で「当地語だけしか使いません」というのは、お隣の国民である以上は、やはり無理筋ではないでしょうか。

 

そのお隣の、問題となっている東部出身の方と話す機会がありました。曰く、当地語差別は非常に人工的に作り出されたもので、14年に当地の軍隊が入ってきてからおかしくなった、とのこと。それまでは当地語しかできない人、お隣語と当地語のバイリンガル、全員が共存していたそうで、職業差別を含め、言語による差別など存在しなかったそうです。

 

さて一方、当地でお隣語を理解し運用する人は、どのくらいいるでしょうか。

 

方言みたいとか、そんな言語はないとか、否定的な意見は耳にしますが、まともに理解し運用できる人は、そうはいません。しかも、まともに理解も運用もできない人に限って、侮蔑的な態度をとります。理解し運用できる方は、お隣の出身です。お隣はバイリンガル、当地はお隣語を解さない、むしろ、存在しないもの扱いする―という構図は、いささか不公平に感じる次第です。

戦争というものについて、日本人が学ぶのは、原爆であり、象が餓死させられたことであり、東京大空襲であり、沖縄戦であり、特攻隊であり、すべて死や戦争の愚かさ、悲劇、繰り返してはならないものとして刷り込まれます。

 

こちらでは先の大戦を素材にした戦争教育は、「誇り」>「悲劇/死」です。ナチズムという恐ろしいものから、ソ連軍は勇敢に戦って世界を解放した、ということが説明されます。その間には、たとえばレニングラード攻防戦のような悲劇はあったけれども、ソ連(ロシア)はレニングラードを解放し、ベルリンまでドイツ軍を追いかけ、とうとう勝った、という物語です。特にその傾向は、最近顕著です。5年程前ごろからでしょうか、戦勝記念日に「不滅の連隊」という運動が発生し、「大戦に参加したご先祖の写真をもって行進しましょう」という呼びかけを役所、学校等を通じて広範に伝達されるようになりました。しかし、大戦に参加したご先祖というのは、「大戦に参加し、ソ連軍兵士としてナチスと戦った」ご先祖を前提としています。 (ちなみに、在外大使館でもこれをやっておりまして、在住のロシア人の方が参加するのはその方の自由ですが、これに日本人がソ連兵のコスプレで参加しているのを報道で見かけまして、とても違和感を覚えました)

 

当家のご先祖は、父方から言いますと、ひとりは確かにロシア人の共産党員として従軍し、ベルリンまで勇敢に戦ったといわれています。しかし別の一人は、独ソ戦の開始とともにスパイ扱いされて銃殺されています。母方つまり私のほうから言いますと、ひとりは軍学校の教師をつとめていましたが、その事を終生にわたって後悔しておりました。もうひとりは、体が弱く、赤紙をもらったのが1945年8月、出征日が15日となっておりました。

 

大戦にかかわった先祖を偲び歴史を学ぶことは、たいへんよいことだと思います。しかし、「大戦に参加し戦った」ご先祖だけを偲ぶことは、ささやかな例ですがわが家のような歴史を持つ家族にとっては、大変複雑です。ここで、父方のベルリンまで到達したご先祖のポートレートを持って歩けばよいのでは、と思われた方。そのご先祖は、特に晩年、5月9日の戦勝記念日は自室に閉じこもり、周りの祝賀パレードを冷ややかな目でみていたそうです。戦争に勝ったことは、彼個人にとっては誇りでもなんでもなく、なすべきことの連続が終着しただけであり、それまでにたくさんの仲間を無くしたからです。そんな方のポートレートを、万歳の波に乗せることが正しいとは、どうしても私たちとしては思えませんでした。

 

大戦におけるロシアはヒーローであり、正義であり、その使命を現代まで継承している、という伝説が、とくにこの数年主張を強めています。これと同時期に、密告やちょっとした嫌疑による投獄とラーゲリ送りが日常茶飯事だったことは、まったく思い出されていません。

 

このバックグラウンドを現在の状況と照らし合わせますと…「正義の戦いは誇るべきこと」という前提に、「今お隣に正義をもたらす戦いをしている」、すなわち「この作戦は誇りに思うべきだ」という論法が成立してしまいます。一方、疑問を呈すれば、身柄の拘束から、よくて罰金と社会的地位の喪失、悪くて刑務所となる法律があります。

 

そして「誇り」感情が強まっている例として、ママ友なのですが…5月9日の戦勝記念日は私たち家族はひっそり過ごすことにしています。万歳万歳を聞くのがいやだからです。それで去年の5月9日、いつも通り遊ぶのをご遠慮したのですが、わざわざボイスメッセージで、「あなたは私の祖父母がナチスの兵隊と戦って殺したことを、否定するの?今、中央広場はそれを覚えている人がたくさんいて、楽しくすごしているわよ」などと送ってきました。4年くらい交流していて初めてです。お付き合いを見直した心中、察していただけるでしょうか。

 

戦争を悔いて、自衛のための軍備まで否定することは、行き過ぎだと思うのですが、戦争の「誇り」を刷り込み、我々は聖戦を過去やり遂げ、現在においても繰り返すことができる とするのも、行き過ぎです。ここ数年、行き過ぎと感じられるまでの「誇り」の刷り込みが、アルファベットの最後の文字を英雄のシンボル化する今日で頂点を迎えております。和平協定はもうすぐ結ばれると双方からの発言がありますが、今年の5月9日はどう迎えたらよいのか、今から複雑です。