昔々、ソ連というものがあったころ、それはそれは様々な言論統制があり、人々はそれをかいくぐって外の情報を得ていたそうです。たとえば発禁扱いの本が、タイプ打ちのコピーや国外出版書籍として「一晩だけ」の約束で貸し出されると、寝る間も惜しんで一家で回し読みしたとか。大学の授業で、サムイズダート(自家出版)とタムイズダート(国外出版)という言葉を聞いた覚えがありますが、実体験としてリアルに聞くのは、また別の話です。また、禁書がOOさんの家にあるらしいという情報がなぜか伝わるとOOさんの家まで行く、OOさんの家にあることがどうやら警察に知られたらしいとなると、その禁書救出作戦が大げさでなく展開される(たとえば即刻XXさんの市外のセカンドハウスに移動させるなど)ーという、禁じられた情報とその管理・アクセスをめぐって、市民も警察もそれぞれに知恵を絞っていたそうです。

 

しかしその情報を得ることに関心がない人もいました。

 

一部の人が、ソ連というものが制限した情報を得たいと必死になっていたころ、別の一部は、衣食住が一応与えられ、運が良ければ夏休みはクリミアに行けて、職業によっては早くリタイアできて、それなりに満喫できることに満足していました。その中にいてルールを守っていさえすれば、適度に(ソ連レベルで)快適な生活が成立していたのです。

 

21世紀。

 

なんでも出版でき、様々な質量の情報がいくらでも手に入る時代。当地では、非常事態だからしょうがないという言い訳で、ある単語を制限したり、情報源を公式発表のみに絞ろうとしています。市民は迂回ルートで情報を得たり、また翻訳ツールを使って外国の情報を得たりしています。規制とその潜り抜けは、ソ連時代から受け継がれるDNAとでもいうことができるでしょうか。

 

一連の事件の波及効果は、すでにApple Payが使えないなど、「ちょっと不便になった」、また、国外との往来が制限されたといった形で表れ始めています。が、このちょっと不便なシステムの中にいる限りは、持ち家保有率が高い当地では、衣食は揃う、運が良ければ夏休みにクリミアに行ける、早期リタイア制度も健在ー、と、「なんとかなる」くらいの状況ではあります。

 

もう少し歴史を振り返りますと、第二次世界大戦当時の指導者は非常に恐ろしい存在で、ちょっと反対するようなそぶりを見せただけで収容所送りでしたけれど、そのシステムの中でルールを守ってさえいれば、「とても安全で、なんでも手に入った」時代だったと懐かしく振り返る方もあるのです。

 

滞在地のルールは守るべきではありますが…ルール以前に、殺すなとか噓をつくなとかいうレベルの大原則があります。その大原則と矛盾するルールが課されていて、でもルールさえ守っていればそこそこの生活が保障される。でもルールを守れば、大原則に反してしまう。この条件下、ルールを守って大原則に蓋をしているたくさんの人と、大原則に近づくため、いろいろな手段を使う人が、当地にはいます。寝る間を惜しんで禁書を読みふけった、少し前の過去と同じように。

世論調査によると、当地で今回の一連の事件を、程度の差はあれ支持しているのは、およそ70%だそうです。確かにTVのニュースや、インターネットでも大衆的な新聞・雑誌をソースとして情報を得ていれば、「お隣にとんでもない非人間的な政権ができていて、当地が危険にさらされているから、なんとかせねば」から、「お隣はEUなどと言ってけしからん」まで、様々な理由で、「お隣悪者説」に賛同する=軍事行動は仕方ない、と思ってしまうかもしれません。

 

それから、「報道を見ない」というグループもいます。そのグループが報道を見ない理由は、「世界の物事は、各国の首脳をさらに超えた一部の力によって操作されており、下々の民主主義や選挙など意味をなさない、それよりも下々である私たちは、自分個人を成長させるために時間を使うべきである」ーという、一見、自己啓発や成長といった、くすぐったいキーワードで、個にこもることを是とし、個と個との間では、愛と敬意をもって接するべきだとします。

 

あくまで私個人の観察ですので、そういう人が社会にどのくらいいるのか?などと根拠のある情報は出せませんのでご容赦ください。「70%」の中にどんな人がいるか?を、観察に基づいて考えております。前者はわかりやすいと思います。一方、後者のニュースを見ない・世界は目に見えないグループが動かしているという陰謀を信じている人々について。宗教でもやっていそうに見えますが、意外と「普通」の人々、ただのノンポリに見えます。ノンポリとの違いは、この陰謀を信じているかどうかなのですが…

 

「陰謀」を信じている人々は、民主主義は存在しないか、まやかしだと確信しています。だから、選挙にもいきません。当地、選挙をめぐっては様々な議論というか、議論の試みがあり、おそらくは人為的な操作があり、近代民主主義の言う選挙とは程遠いのであろうとの仮定から、何度も大規模な集会やデモが近年発生しています(が、毎度首尾よく制圧されています)。ですが陰謀を信じる人々にとっては、それは下々の無意味な抵抗であり時間の無駄、報道を見るより内面世界を磨くことに集中せよ というのです。

 

世の中すべて「陰謀」なので、当地大統領がずっと大統領なのも、「支配層がおkしているから」であり、それは肯定すべきなのです。だったらばお隣に元製菓会社社長の大統領や、元コメディアンの大統領が就任しても、「陰謀」で片付ければよさそうなものですが、なぜか陰謀によりお隣に就任した国家元首は、当地と敵対してはならないのだそうです。私自身の、「陰謀」派への理解心がこの辺からゼロまたはマイナスになってきますので、説明が雑になりますが、元製菓会社社長や元コメディアンの前・現お隣大統領が当地から離れてEUだの民主市議だの言いだすのは、アメリカに追随していてお金をもらうからなのだそうで、アメリカの威を借りて当地を困らせようとしているのだそうです。

 

あらゆる事象が「陰謀」なのならば、「アメリカからお金をもらったお隣が嫌がらせをする」のも、陰謀の一部であり、下々は手を付けてはならないのではないかと思いますが、どうも「陰謀」を信じる層にとっては違うようであり、「陰謀の存在」と、「当地(政権)の現状維持」は、セットで考えねばならないようです。

 

さて、一方のお隣はー

 

思い出せる過去の範囲でも、オレンジ革命、選挙による親当地政権誕生、親当地政権への反発から発生したマイダン革命と、目まぐるしく情勢が変わっています。しかしお隣の人は、「国民の意見は政治に反映される」という民主主義の大原則を、身をもって学んだようです。マイダン革命はアメリカがお金を払っているという話は、マイダン革命に参加した方々から聞いたことありませんし、そのちょっと前に私が好きな音楽グループが、マイダン革命の中心となった広場で、革命を鼓舞するコンサートを行い、多くの人々を集めたことからしても、「人々の意見」として、「当地の庇護」から「独立したEU志向」を選んだのではないかと推測いたします。お友達の意見によると、「マイダン革命は、自分の政権に対立することを意味して、とても怖かった」そうです。でも、オレンジ革命でチラ見えした民主主義が、親ロシア政権の誕生で逆戻りし、それに対して抱いた危機感が、恐怖の上を行ったので、マイダン革命の側についたーのだそうです。役人がわいろを要求し、どんなビジネスも上納金を納めなくてはならない当地的社会構造は、絶対に嫌だ、というのが説明でした。

 

そしてもう一つ、お隣はマイダン革命後に選んだ大統領が、思った効果を発揮しなかったと考えて、別の大統領を選びました。当地でも、「この大統領選挙が成立し、コメディアンが大統領になったこと自体が成果」という意見もありましたけれども、「思ったような効果がなければ、選挙で大統領を変えればいい」という経験をお隣の方々は得たわけです。コメディアンの陰に隠れてあまり知られてはいませんが、お隣の現職大統領はユダヤ人であり、旧ソ連圏でユダヤ人が大統領になる、というのは、当地から見れば「ありえない」話です。また、お隣では、大統領が交代しても国は崩壊せず、通常営業を続け、前大統領が逮捕されたり資産を奪われたりすることもありませんでした。今回の危機に対しては、前大統領は機関銃片手に、祖国防衛に立つことを宣言するとともに、ボランティアとしての人道支援を全国に展開しています。声高に現職大統領を支持しますと言っているわけではありませんが、現職大統領の言う団結を体現しています。

 

ですので、アメリカの意向を受けた面々が現在のお隣政権でうまい汁をすすって、何なら今回の一連の事件も自分で仕掛けている―というストーリーは、どうしても信用できないのです。ですが、それを信じている人も、一定数いるわけです。

 

信じている人の考え方を変えるのは、不可能であり、また、余計なおせっかいでもありますけれども、陰謀論を説く方々の、「だから政治にはかかわってはならない、ただし、お隣で今起きていることは、アメリカのシナリオ/陰謀/正しくないことだ」だから是正することは、肯定しなくてはならない という思考回路を受け入れる義務は―発生するでしょうか、どうでしょうか。

 

長々と書き連ねましたが、「70%」の中身は、報道によるプロパガンダ以外にも、「報道は見ないし世の中全部陰謀だけど、お隣政権の政治は正しくない」という不思議な層がありそうで、ますます謎を深めるばかりです。

まさかドラマで大統領を演じて、ドラマと同じ名前の政党で選挙に出て、現職大統領と戦って当選する、などとは誰も思っていなかった2019年。ただのお隣観察者だった私は、また面白いネタが一つできたくらいに思っていました。

 

しかし大統領がSNSアカウントを持ち、政策からライフスタイルに至るまで発信する姿は、とても新鮮でした。EUでは見慣れたものなのかもしれませんが、下々との距離がかけ離れ、常に警備員に囲まれている当地の大統領が、ときどき休暇の一コマとしてキャンプの写真を公開されるのとは、全く違っていたからです。一番記憶に残っているのは、警備スタッフとドネルケバブを頬張る姿でしょうか。また、夫人の誕生日や結婚記念日は必ずツーショット(または夫人のポートレート)、「ヴィシヴァンカ(民族衣装)の日」にも、必ずヴィシヴァンカを着てツーショット、という、愛妻家っぷりも、非常に好感のもてるものでした。政策についても、EU並みを目指していることが明確であり、定期的に「できたこと・できなかったこと」を報告しているのも、興味深く拝見しておりました。コメントを覗くと、アンチの嵐だったりもして、必ずしも支持を得られているわけではないのだなあとも思いましたが、それでもSNSのコメント欄を閉じたりせず、更新をやめることもなく、発信は継続して行っていました。

 

また夫人もアカウントを持ち、ファーストレディ外交のようすや、学校給食の改革、DV被害の啓もう活動、バリアフリー推進活動に取り組まれている様子を発信していました。もともと夫人は大統領のコントの脚本などを書いていたそうで、控えめな方ですが、発信ということには素養があったのでしょう。夫妻二人三脚で、EU圏に属することを目指して活動し、国民にそのモデルを示していた、ということができるかと思います。またそのライフスタイルは、当地も含め40代以下すなわち社会を担う中心の年齢層には身近でわかりやすいものであり、価値観の共有ができていたとも言えるでしょう。

 

給食の改革ひとつをとりましても、ソ連時代の栄養概念をベースにした給食は、確かに伝統のお料理なのかもしれませんが、油脂や糖分過多、野菜不足、炭水化物多すぎと、現代のEUというか世界的に常識となっている内容からは、かけ離れています。これが大人になってから、肥満や生活習慣病につながることを問題視しての、「食生活の欧州化」を給食においても進めようとしていたわけです。すでに申し上げましたが、今上陛下即位の礼で訪日された際は、都内の学校を訪問し、学校給食の模様を視察されました(その模様もきちんとSNSにアップしています)。

 

昨年秋から、お隣とEU各国との外交が活発になり、更新するたびに国内情報というよりも、外国首脳との会談の模様が多くなってきました。バルト三国や、ポーランドなど、近隣の加盟国とのつながりを特に重視していらしたようです。もちろん、当地を脅威と思って、似たような経験のある加盟国の経験に学び、また頼りにしていたことがあるのかと推察いたします。そのあたりは、政治評論家の皆様にお任せいたします。

 

例の日の直前になりますけれども、もうすぐミサイルが飛んでくることなど、誰も考えていなかったとき、大統領は「国民団結の日」を提案し、お隣国旗カラーで団結の意思を示そうと、SNSで呼びかけました。その時の写真は、夫人が黄色、自身が水色の服でのツーショットでした。正直申し上げて、的外れなことをしているなあといいますか、誰が参加するのか、全く他人事ながら心配いたしましたが、フタを開けてみると意外と反応が良く、大統領閣下の提案が滑らなくてよかったなと思いました。

 

そしてあの日が来て、ほぼ毎日、大統領はビデオメッセージを発信し続けています。逃亡説が流れたときにはあえて、大統領府の付近の路上で、与党リーダーや防衛大臣や顧問などと一緒に、「私はここにいます」と、短いながらも強力なビデオをアップロードしました。大統領が国民はもとより、全世界の心をつかんだのはここからだと思います。スピーチ上手は昔から言われていたことであり、そして、情報の発信の仕方や効果の狙い方というのは、前職であるエンターテイメントや、また大統領就任以降、めげずに発信し続けたSNSで培われてきたものだと思います。お隣の方々の、当地の影響圏下にあった過去を離れ、新しい世界に行きたいという願いが、当地のおせっかいによって危機に瀕した時。大統領が積極的に発信し、国民をまとめ、世界を味方につけたことが、今言われている善戦につながっているのは周知のとおりです。しかしそれは、あの日一日で棚ぼた的にできたものでなく、これまでの積み重ねがあったからこそ、できたものと言えるのではないでしょうか。