当地の人々の生活に、外国ブランドは非常に浸透していました。H&MやZara、特に子供服ではお世話になりましたし、ユニクロも手ごろでベーシックな衣類として人気でした。車も、現地生産のVWや日産や三菱がありましたし、飛行機に乗るならエアバスやボーイングを選ぶことが多かったです。建材にしても、たとえば塗料やフローリング材などでは、外国製品に頼っています。小売店だって、外国資本が入っています。イケアの最終日に、当地の人々が殺到した光景は、日本でも放送の素材になったと聞いています。

 

また、「当地の人々は」というべきか、「も」というべきか、特に女性はわかりやすいハイブランドがお好きです。それを買える人は、という話ですけれども、たとえばシャネルやルイ・ヴィトンのバッグを持つことは、ステータスの証拠です。

 

しかし制裁により、身近なブランドも、ハイブランドも、この地を去ってしまいました。外国資本の入っている現地生産工場も、外国ブランドでの製造は継続できなくなります。しかし工場を止めるわけにはいきません。なのでペプシやコカ・コーラではない、似た何か がこれから出てくるのでしょう。今から非常に楽しみです。H&MやZaraは、中東などで仕入れたものを送るサービスがすでに存在しています。こういう抜け穴を探すことは、当地の方々は得意です。

 

最近、当地のインフルエンサーや有名人の間では、「シャネルのバッグを破損する」ビデオが流行っています。ある有名ブロガーで海外在住の当地女性が、ドバイのシャネルで買い物をしたところ、「当地ではこの製品を使いません」という一筆を入れさせられた というのです。これをシャネルによるヘイトだと断定し、買えない人も参加できるシャネル不買運動から、持っている人はシャネル破損運動がはじまったわけです。

 

しかしです。EU制裁の一つに、「ぜいたく品の当地への輸出禁止」があります。なかなか厳しく、第三国経由でもダメだそうです。当地は「製造者の許可を得ない並行輸入」を認める法案を最近成立させましたけれども、EUは「300ユーロ以上のものは、輸出してはだめです」というルールを設定しています。トレースについても、やろうと思えば多分可能でしょう。即ち、シャネルはこのルールを厳密に運用しているだけであり、その趣旨の声明も出しています。今はシャネルがクローズアップされていますけれども、いずれほかのブランドも同じような対応をとるかもしれません。

 

シャネルがEU規則に即した対応をしていることは、当地の方々の耳には届かず、シャネルボイコット運動は継続しています。買えない人は、買えないなりにシャネルの名声を地に落とす作戦を考えているようで、かつてマドモアゼルがフランスを占領したナチスと協力し、一説にはSSの制服をデザインしたとの噂もあり、戦後一時期パリモード界に復帰できずスイスで隠遁生活を送っていた歴史を、ここぞとばかりに主張します。これは、シャネルに関する本には必ずと言っていいほど書いてありますが。どうもシャネルはナチスだったということを、とりわけ強調したいようです。つい1か月半前までは、憧れブランドであったのにもかかわらず。

 

お気持ちはわからなくもありませんが、なぜシャネルがそういう対応をとるのか、理由も聞かず、また聞いてもその背景ひいては制裁がある理由を理解しようとせず、ひとつひとつが手作りである芸術作品を破損するという行為は、作り手への敬意もなく、理解する努力もない、ヒステリックなものですが、当地ヘイトをするシャネルを懲らしめるほうが、今の彼女たちには重要なようです。

 

マスマーケットについても、これまで愛用していたZaraやH&Mは「たいしたことがない」、これまで見向きもしなかった国内マスマーケットのほうが「ずっといい」のだそうです。私は国内マスマーケットは、良いものもありますけれども、概して同じ価格で縫製が雑、素材が悪いので、よいと思うもの以外は評価しませんし、H&Mはあの値段であの品質だったと思うと、中東から仕入れるほどではないにせよ、矢張りすごかったなと思いますけれども。

しかしなぜそうなってしまったのか、を考えず、「こうなったのもお隣が悪い」という論調になってしまうので、制裁の意味を伝えるのは難しいものです。

お隣は、情報戦で圧倒的勝利をおさめていると言われています。お隣の出す情報は、まず、「わかりやすい」のです。具体的な数字を出した、見やすいビジュアルの資料や、イメージビデオ、SNSによる発信、そしてスピーチ上手な大統領の演説は、受け手に合わせて内容を考え、共感を得られるものとなっています。大統領自身のビジュアルも、軍服に準じた服装であり(軍人ではないので制服ではありませんが)、難事に取り組む姿勢を示しています。

 

当地の大統領も、スピーチは上手です。わかりやすい発声、豊かな表現、聞きやすいスピード。20年のキャリアはさすがです。資料のビジュアルについては、あまり配慮されておらず(そもそも資料というものが、今回の作戦については見たことがないのですが)、またSNSなども存在感がないのですが(大統領はアカウントをお持ちではありません)、当地のしたいこと・当地の伝える内容は何か というと…

 

「お隣は存在したことがない」「歴史も言語もすべて当地あってのこと」「お隣と西側の結合は、当地にとって危険」「お隣はナチス主義で危険」「お隣は米国に操られている」

 

これに世界はどのくらい共感できるでしょうか。しかも、情報は公開されず、どこの軍部隊が何をしているのか、作戦は何を目的としているのか。そもそもの主要な目的であった「東部地域の保護」についても、東部地域でいつ・何名が・どの街で被害にあったか、という具体的な数値を伴う情報は目に留まりません。平時ではなくある程度情報を管理する必要はあるのだとしても、作戦の内容は市民にとっては完全にブラックボックスで、ただ「当地は正しいことをしている」というイデオロギーだけが伝えられます。

 

一方、お隣が主張する内容は、非常に明確です。「私たちの国から手を引け」「私たちの公用語は私たちが決める」「私たちの行先は私たちが決める」―国としての存在と自決権をかけ、侵入者を追い出すという姿勢です。戦況や外交上の達成事項についても、大統領の演説以外にも毎日報告がなされ、避難ルートの設定や、各種警報、敵軍を発見した場合のインストラクションなども、国民に認知されるよう広く宣伝しています。SNSと、住民サービスアプリが大いに活用されています。

 

そして情報戦の顔というべき上層部ですが、当地の大統領は自分の発言をめったに発信せず、国民との接触はもとより、閣僚との会議もリモート、外国賓客でさえ長テーブルをはさんだ面談です。「コロナ対策のため」だそうです。一度号令をかけて「お隣は危ないから退治します」と宣言したら、その宣言だけが残ります。

 

お隣大統領は、毎日のビデオ演説、対外ビデオ演説、閣僚と一つのテーブルを囲んでの会議、内外ジャーナリストとのインタビュー、負傷兵の慰問、被害の大きい現場への視察など、精力的に動きます。国民との間に仕切りを設けることもなく、被災者の話を聞き、握手し、警備員はついてはいますが、暗殺者に狙われやしないだろうかと逆にこちらが心配になります。

 

どちらのほうが信頼を得られるでしょうか。

 

そして「当地は強く、独自の歴史を持ち、現在の堕落した西欧的価値観とは異なる伝統的価値観を保持し広める」という価値観と「私たちは小さい国かもしれないけれども、その存在を発揮し、言語を守り、民族や宗教の多様性を容認し、国としては団結する」という、お隣の確固たるものとなりつつ価値観とどちらに共感できるでしょうか。

 

プロパガンダの理論云々を論じるつもりはありませんし、それは戦争ですから、双方が都合の良い宣伝をするのはむしろ当然だと思います。しかし、「どちらの提示する価値観に共感できるか」という問題にしますと―いかがでしょうか。同じくらいビジュアルや情報の出し方の上手なチームが双方についていたとしたら、「価値観の戦い」にはならないでしょうか。そして、どの価値観が、より支持されるでしょうか。

子供のころ読んだお話の中で、最も記憶に残ったもののひとつが、「最後の授業」です。

 

この地方はドイツに占領されたから、学校の授業が、明日からドイツ語にならなくてはならない。フランス語で行う授業は、今日で最後ですー、という話です。もちろんその頃は日本語しか知りませんでしたけれど、そんなに簡単に、「明日から」と、言語が変わるものなのかと、子供心にショックでした。

 

その後英語を話すことや、ロシア語を話すことを覚え、日常的には三か国語を併用して暮らしています。でも「話せる」ということと、「話さなくてはならない」という強要は、全く別の問題です。もし明日から英語のみで生活せよと「強要」されたら、ひどく反発するでしょうし、ロシア語と日本語をとても大切に思うようになるでしょう。一つの言語の強要は、暴力の一種です。言語を否定され、奪われることの衝撃に耐えることはできません。

 

お隣の言語はとても美しく、到底「方言」扱いしてよいものではありません。スラブ語族の、れっきとした独自の言語です。そしてお隣の方は、ソ連共通語としてのロシア語と自分の言語を習得して、運用されており、近い言語ですからできることかもしれませんけれども、その器用さには感服いたします。そして自分の言葉を守ることを、なぜ他所の国から否定されなくてはならないのか、理解に苦しみ、その言葉を守りたいという願いに共感します。

 

話は変わりまして、今年のユーロビジョンのお隣代表は、KALUSHというアーティストです。出品する曲は、Stefania。お母さんにささげた音楽だそうです。

 

Stefania 僕の母さん

僕の母さん Stefania

野に花が咲くけれど

母さんの白髪は増える

母さん、子守唄を

歌ってよ

母さんの言葉を

聞きたいんだ

言葉と国土をかけて抵抗する国から、受け継がれる言葉について歌うアーティストが代表に出るというのも、シンボリックに思えます。オンライン参加になるのか、オフラインで参加できるのかは状況次第とのことですが、どんな形で参加するのであれ、健闘を祈りたいと思います。