かなり前に書いた日記の下書きを見つけました。今さらですがアップします。

当時なぜ載せなかったんだろう。笑






朝晩にお経を唱えるようになってから、いろいろな変化がありました。


最近とあるお坊さんのブログを読んでいて、「あ、これもそうかもしれない」と思い当たることがありました。


それは、喉の締まる感じが前より少なくなったことです。


喉がキュッと締まって、声が出しづらくなることってありますよね。

朝起きたばかりならまだ分かるのですが、わたしの場合は夜になってもまだ声が出にくくなることが多いのです。


喉が弱いのか、少し前までは風邪をひくと気管支炎に進行しやすかったこともあります。

ですがそのお坊さんのブログを読んでいるうちに、そういえばここ最近喉の調子が悪いと感じる回数が減っていることに気づきました。


そのお坊さんによると、詰まっていた喉が開くのは「施餓鬼の功徳」なのだそうです。


喉が細い餓鬼。つまり、それまでは餓鬼がくっついたとか、影響がかなりあったということなのでしょうか。


わたし自身はお盆などの特別な時期以外、きちんと施餓鬼をしているわけではありません。やり方もよくわかりませんし。

ただ、朝晩の読経の中で「餓鬼道に入ってしまった家系の方々もいつか必ず光の中へと導かれますように」とお願いのようなことをつぶやいています。


そのときには、光の中へと旅立っていく姿をなんとなくイメージします。


いつから始めたのかはもう覚えていませんが、いつの間にか習慣になっていました。

もしかしたら、これのおかげなのかな、なんて思ったりします。


喉の閉塞感を感じずにお経を唱えられる時間はとても幸せです。


できることなら防音室を作って、そこで思う存分大きな声で読経をしてみたい。

それがいつの間にかわたしの夢になりました。


(マンション暮らしなので、かなり遠慮がちに唱えています)


変な人だと思われそうなので、こういう話をリアルの友人にすることはまずありません。

けれど、本当のわたしは多分こちら側なのだと思います。