勤行(読経)の際に視えてきて、気になったものの話です。
お願い事をするとき、どのようにされていますか。
言葉というよりイメージで伝わってきたので、もしかしたら勘違いかもしれませんが、、、
視えてきたのは、とある母親がお子さんのことを祈っている場面でした。
その母親はこう祈っていました。
「私はどうなってもいいから、どうかこの子の病気を治してください」
”私はどうなってもいいから‥‥”というのは、日本人にはありがちな感覚かもしれません。特に子を愛する親であれば、なおさら出てきそうな思いです。
でも、どうもこれが良くないみたいです。
浮かんできたのは、マーフィーの法則という言葉。
確か、引き寄せの法則のような考え方で、それを思い出せと言われているような感覚がありました。
ひとつの場面が浮かびました。
父親がこう願います。
「たとえ私の腕はなくなってもいい。だから、どうか、どうか、娘の病気を治してください。」
願いの結果、娘の病気は治ったものの、父親は本当に腕を失ってしまったーーというような話があったかと思います。(YouTube版のものを何年か前に聴いた話なので詳細は覚えていません。すみません)
強い願いは結果を引き寄せてしまうので、そのような願い方は良くないといった感じでしょうか。
また、このこと(その願い方はやめた方が良い)を本人に伝えてほしいというような感覚もあったのですが、実際にはなかなか難しいことだと思います。
ただのお節介な変人だと思われるだけでしょうから。
なので、気になったこととしてブログに書いてみました。
個人的には、仏さまへのお願いを交換条件のようにするのは、あまり良くないのではないかと感じています。
もし何かを交換条件として願うのであれば、
・何かを断つ代わりにお願いする
・叶ったときに感謝として何かをさせていただく
そういった形のほうが良いのではないかなと思います。それからそういうの(交換条件系)は、仏さまよりもお稲荷さまとかの方が得意、、、みたいな?印象です。
あくまで個人の考えであり、正しいかどうかは分かりません‥‥。わたしの感覚は信じないでください。
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それにしても、こういったものは一体誰が見せてくれているのでしょうね。
仏さまなのか、スピリットなのか、それとも自分の内側から生まれているものなのか。
答えは分かりません。不思議な体験です。
