SNSをやめて気づいたことを書いていきます。あくまでわたしの場合です。



以前、インスタグラムとLINEをやめたことをどこかで書きました。

やめてみて気づいたのは、自分が思っていた以上に言葉にならない情報を受け取っていたということです。


たとえばLINEを通して、昔の友人が今のわたしの状況を気にしている様子をふと感じられることがありました。


中には、


「(わたしに)子どもができていないように」


そんな願いのようなものを感じ取ってしまうこともありました。


また、インスタグラムを通して、強い感覚を持つ知人(カナダ在住)が、今でもこちらの様子を探っているように感じることもありました。


それ以外にも、友人や知り合いのアイコンや投稿を見ただけなのに、


・ひどく疲れ切った姿が浮かんだり

・強いストレスを抱えている感情が流れ込んできたり

・「もう嫌や〜」と机に突っ伏している情景が脳裏に浮かんだり

・何か嫌なこと(浮気?)をされて、「倍返ししてやる」みたいな、とてつもない怒りに燃える気配のようなものを感じたり…


などなど、そんなことが何度かありました。


反対に、誰かの喜びや明るさを感じることもあります。そういうときはこちらまでなんだか嬉しくなります。


しかし、人というのはどうしても嬉しい想いよりも、苦しさや妬みや心配といったネガティブな想いの方にベクトルが向かいやすいのかもしれません。ネガティブなものを感じる方が多く、疲れてしまいました。




また、わたしが海外に住んでいることもあってか、「キラキラした生活をしているのだろう」と想像されることも多いようです。


そして、


「彼女(わたし)が自分より幸せになっていませんように」


そんな想いが生まれてしまうこともあるようです。


そう思われてしまうのは、過去のわたしの振る舞いや徳の無さにも原因があるでしょう。

若い頃には、確かにそう思われても仕方ないようような生き方をしてきました。反省しています。

また、ここ最近になって、変な言動は憑依現象が理由なことも多々あったようだと知りましたが、そんなことはお相手には関係のない話です。




一方で、今のわたしはというと、どちらかといえば、彼女たちには幸せでいてほしいと思っています。


(年々、他人への興味が薄れつつありますので…)


人の不幸を願うよりも、それぞれがそれぞれの場所で穏やかでいられることを願える存在でありたい。


そして、他人の念や想いに縛られすぎず、自分の感覚と人生を大切にして生きていきたい。


そんなことを思う今日この頃です。


そういう意味でも、わたしにとってSNSを手放したことは、とても良い選択だったと思います。