国民の性格に大体の傾向があるように、亡くなられた方々にもやはりそれぞれの違いがあるように感じます。
といっても、わたしは道端の幽霊が見えるわけではなく、主に夢枕に立たれたり、夢うつつの中で現れる方といった形ですが、、、。
今回はそんな話です。
「⚪︎⚪︎人は」とひとくくりにしてしまうと語弊があるかもしれませんが、あくまでも自分の体験として書かせていただきますね。
⚪︎日本の方
印象としては控えめで、子どもの幸せを願う方が多いように思います。
「見守っているよ」「泣かないで」「早くに逝ってしまってごめんね」
そんな思いが伝わってくる。言葉かというと、そうではないことの方が多いです。
ピアノを弾く娘さん(友人)の部屋をカーテンの淵からそっと見ている姿や、泣いている友人の肩を撫でて慰める姿。
男性の方が意外と甘えん坊なのかもしれないな、と思わされる場面もありました。
亡くなった方々が見せてくださる美しい映像に、心が温まり、思わず涙があふれることもあります。
⚪︎韓国の方
「ご飯を食べさせたい」という思い。
義母のお母さんは、大量のおかずをわたしに託そうとされ、また別の方は「ご飯ちゃんと食べて」と伝えてきました(言葉ではない)。友人の亡くなったお母さんかもしれません。
韓国では「How are you?」の代わりに「ご飯食べた?」と声をかける文化があるそうです。生きていた頃の文化や価値観が、そのまま反映されるようです。
⚪︎アフリカ系の方
とても感情表現が豊かで、身振り手振りで必死に伝えようとされていました。
「この子は俺の大事な妹なんだ」「俺は元気だと伝えてくれ」
そんな思いを訴えているのが伝わるのですが、残念ながら言葉は聞こえず、またその女性も知り合いでもなかったので、何もできずに終わりました。
⚪︎皮膚の白い方(カナダ人とアメリカ人)
少し語弊を恐れずに言えば、全体的に主張が強い印象があります。
「あれがしたい」「これが食べたい」「これを伝えてほしい」
Me, Me, Me…!といった感じです。
ただ、その中で特に多いのは「I love you」を伝えてほしい、という願い。
愛情をまっすぐに表現する姿勢は、とても素敵だなと思います。
それから印象に残っているのは、お礼を伝えてくれた方。
ある時、カナダの戦没者追悼の日に祈ったら、激しい熱烈な握手で感謝を伝えてくれる英霊さんがいて、おぉ、、と夢うつつでも戸惑うわたしでした。
⚪︎中東の方(多分イラン人)
一度だけ、美しいけれど、とても悲しげな顔をした女性が現れました。
それ以上のメッセージは読み取れず、ただ印象が残っています。
⚪︎中国の方
一番驚いたのは中国の方でした。
ものすごい剣幕で怒っておられ、その波動に吹き飛ばされそうになったほどです。
大きな声で不満を訴えているようなのですが、言葉の意味はわからず、声も聞こえず、ただただ圧倒されるばかり。
彼女や彼でなく、わたしに怒っているの?と感じるほどの迫力で、どうやら相手の都合などお構いなしに感情をぶつけているようでした。
文化の違いというものを強烈に感じさせられた体験です。
とはいえ、中国の方は数人しか見たことがないので、これを傾向とするのは適切でないと思います。
もちろん、すべてを国や人種で語れるものではなく、あくまでも傾向としての印象にすぎません。
しかし、亡くなられても、その人らしさは消えずに残るように思います。
怨霊のように自我を失い、人とも言えない存在もありますが、多くの方はやはり”人”であり続ける。
妖怪のような存在は自然の理の中で淡々と在るだけで、悪意はないのかもしれません。
むしろ人間だった存在の方が、複雑で、時に厄介でもあるような印象。
まだまだ少ない経験ではありますが、こうした出会いを通じて学ぶのは、生きている今の自分のあり方こそが、あの世にも繋がっていくのだということです。
