瞑想を続けていると、何もしていない寝入りばなに、瞑想状態に入ってしまうことがあります。

そんなとき、不思議な映像が見えることがあるのです。


過去や未来、並行世界、宇宙、浄土?らしき雲の上の場所、地獄(修羅道のような場所)、ときには仏さまや、宇宙の存在のようなものと出会うことも。


最初はほんとうに視えているのかなと半信半疑で見つめていましたが、瞑想に熟達した方々の体験談をいくつか読むうちに、似たような話がたくさん出てくることを知りました。

さらにその先を行くような内容もいくつもあって、あながち嘘でもないのかもと思い始めています。


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先日、退行催眠の誘導音声を聞いていたわけでもないのに、鎌倉時代あたりの前世らしき映像が、断片的に見えました。


わたしがはじめて退行催眠で見た前世もその頃の行者としての人生でした。


命の尽きる場面で、そばで心配そうに寄り添っていた女性が今の夫だと直感的にわかったのです。


当時の立場上、互いに想い合ってはいたものの、一緒にはなれなかったように見えました。そこまでは以前に見た光景です。


で、今回はそのあたりの別の映像を見ました。


その女性(夫)が小さな神社でお百度参りのようなことをしているのです。


神社。裸足で小走りに移動しては石のようなものを置き、手を合わせて祈っている。何度も繰り返している。


それを俯瞰して見ていたわたし(=行者)は、彼女の姿が視えていたようでした。


そして、家にお見舞いにきてくれた彼女に向かって、気持ちがとても嬉しい。


でも「これは病でなく、寿命なんだ、、、」


と、そんな感じ。(気持ちが入ってくる)


(多分女性はお百度参りしていることを内緒にしていたのかも)


無骨な男の、慰めるような絞り出した一言でした。

「ありがとう」と言うことはできないけれど、気持ちを伝えようとしているような感じ。


女性は涙ぐんでいます。



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そうか。そんなことがあったのか、、と、目が覚めると自分も涙ぐんでいました。


夫にこの話を伝えると、彼はお百度参りを知らなかったこともあり、「えっ?おれ、そんなことまでしてあげたの?」と、目をまんまるにして驚いていました。


お百度参りは裸足でする。なーんて話は、かなりのカルチャーショックだったみたいです。笑


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夫婦で暮らしていると、時には互いに言いたいことが出てくる日もあります。

でも、こうして深い縁のもとに一緒にいることを思い出すと、やっぱり彼には頭が上がらないな、、、とあらためて感じます。


前世で何度も夫と縁があったと知ることは、わたしにとって強い心の支えになっています。


これは実際に自分で体験しないとなかなか伝わりにくい感覚かもしれません。


不思議なことってありますね。




女性の着物は薄い小豆色のような色合いの印象で、細面で小柄な人。鳥居は赤くありませんでした。自分は50代くらいですが、もっと年上に見え、顎が割としっかりしています。

無料の作成ツールでは細かいニュアンスを伝えるのはなかなか難しいですね。