最近、次元の違いだとか、周波数というものが、少しずつわかるようになってきた気がします。


自分なりの理解ですから、正しくないかもしれませんが、一応書いていきます。というわけで、今回は少し長くなります。




調子の良いときは、自分の周波数が上がり、条件がそろうと神仏的な存在が一瞬見えたり、繋がったりすることがあります。逆に、良くないときには、あまり歓迎できないものと繋がってしまうことも。


霊性を磨きはじめたばかりの頃、わたし自身、たぶらかされかけたことが何度かありました。でも、出てくる色や雰囲気が明らかに不自然だったり、言葉が魅力的でもどこかおかしいと感じたことから、それ以上関わらないようにして助かったことがあります。

今では、そういった誘惑のようなささやきは、ほとんどやってこなくなりました。


ただ、それでも波が下がりやすいのが、生理の期間。

女性にとっては大切なデトックスの時期でもありますが、心身が不安定になるからなのか、良からぬものや、妖怪のような存在を感じやすくなります。


だから昔から、女人禁制の霊山があるのかな?と、思うようになってきました。

山に登ることが修行の一部だとしたら、「今日は生理だから行けませーん!」とは言えないし、無理に参加して登ったところで、体から発するなにか(匂い、気配など?)が悪いものを引き寄せてしまうのかもしれない。そうなると、自分だけでなく周囲にも余計な(霊的)対処が必要になり、迷惑をかけてしまうのかもしれないなと。


ほかに、怪談話や見てしまった怖いものの話などをしているのをYouTubeで観ていると、思うことがあります。

たしかに土地や条件によってはあり得ると思います。絶対に行きたくない場所や、通るだけで気分が悪くなるようなところも確かにありますし。

でも、いつもネガティブな存在だけを見てしまう人というのは、その人自身の霊性や波長にも何か問題があるのでは、、、と感じています。


すべての霊が悪というわけではありません。

無害なものや、助けてくれるものもいます。しかし、救いや助けを求めてさまようものもいますし、明らかな悪意を持っているものも、やはりいるように感じます。

ただ、一般人のわたしには助ける力があるわけではないので、そういうのに出会ったときは心の中で強く念じるようにしています。


「ごめんなさい。わたしには力がありません。

どうか、自分で光を見つけて、上がっていってください!」


謝りつつも、強い意思を持って拒否し、跳ね退ける。


今のところ、それでなんとかなっています。



(お不動さまが助けてくれたかな?と思うことも多々あります。

だからこそ、日頃からの信仰はやっぱり大事だと思います。)





高次元と繋がるには、まず自分の周波数を上げていくことが大切。


これは密教でもよく言われる「身口意(しんくい)」を調えるという修行と似ているかもしれません。


身体、言葉、心を清らかに保ち、常に仏さまに向かうような意識を持ち続ける。


簡単ではないけれど、日々の積み重ねが大きな差を生むのだと思います。


うまくいかない日もあります。でも、それでもまた始める。

ほんの1ミクロンでもいい。少しずつ霊性が向上していけば。


そんなことを思いながら、今日もまた、前に進めるように試行錯誤しています。