先日、夫の仕事に関する良さそうな提案が持ちかけられた際、仏壇もどきの前で「いかがでしょうか。どう思われますか」と問いかけると、
——
否 (いな)
——
という返答がテレパシーのように返ってきました。
しかし、それは夫が長年抱いてきた夢でもあり、光も見えそうな話でした。そういったことから、わたしは仏壇もどきからやってきた言葉を「気のせいかな?」と思い直し、その提案を受ける後押しをしてしまいました。
ところが夫が複数のビジネスを手掛けるインド人の知人に相談したところ、「その提案を受けるのはやめた方が良い」という具体的なアドバイスを受けました。その話を聞いてみると、夫はそれを受け入れたら良くなるどころか損失を被るところだったことがわかりました。そのあたりのことは周りに聞いたりネットで調べたりしてもイマイチわからないことだったことを考えると、提案してきた側もそこまでは理解していなかったのかもしれません。
知人からの話を聞き、夫に「実は提案話を聞いた時に仏壇で聞いたら”否”って言葉が来たんだ」と伝えると、夫はオファーを断る決心をしました。
夫のためを思っていたはずなのに、先の忠告を無視したことを恥じました。自分にも欲があり、それが勝ってしまったのかもしれないと反省しました。しかし、繰り返しまた違う方からも届けられた忠告のおかげで、夫は道を間違わずに進むことができそうです。言葉がどなたからきたのかはわかりませんが、見えない存在と知り合いの助言から助けてもらうことができたと感じています。どちらか一方だけだったなら、そのまま突き進んでいたかもしれません。
これまでも仏壇もどきで何かを問うと、短く「否」と返答が来ることが何度かありました。そうした返答が続くうちに、言葉を半信半疑で受け取るようになっていたのかもしれません。その姿勢を反省し、もっと素直に言葉を受け取るべきだと気づかされました。
