はじめて声をかけてくれた仏様がお不動さまで、奈良の真言律宗のお寺でした。嬉しかったのでそこのお不動さまの写真をスマホとパソコンの待ち受けにしています。(お寺のサイトに写真が載っていたので個人使いということで使わせてもらっています) 


だからわたしが祈るときに思い浮かべるお不動さまはいつもその方。でも、映像や護摩中に出てきてくれるお不動さまはなぜだか毎回顔が違うように見えるんですよね。


すぐに眠れない時、もしくは寝起きのまどろみの中、お不動さまを想像しながら不動真言を何度か唱えることがあります。そうしていくとそのまま瞑想に入るのでしょうか。


この日もそのお不動さまをイメージしながら不動真言を唱えていると、バリバリと外側から殻が割れたようになって、中から凛々しい感じの座っているお不動さまがでてきました。慈悲や愛を感じるような優しい眼差しをしていて、なんとなく以前見た大天狗さんのような目をしていました。言葉などはありませんでした。


お不動さまと天狗さんの共通点はわからないので、何かの象徴か、わたしには違うお不動さまにもっとご縁があるというのか、それとも特に関係ないのか、、よくわからないものの印象深かったです。おかげですっかり目が覚めてしまいました。笑



ちなみにお不動様さまのスマホの待ち受けは引かれるかと思いきや、カナダ人の若者らからso coolと好評です照れ