5月7日
「信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。」
マタイによる福音書二一章二三節
マタイによる福音書21章22節にあるこの聖句は、信仰の力と祈りの本質について教えています。
項目に沿って解説します。
ポイントと解説
この言葉は、イエスが葉の茂ったいちじくの木を枯らした直後、驚く弟子たちに対して語られたものです。
- 「信じて」の真意: 単なる願望やポジティブ思考ではなく、神の全能性と愛に対する全幅の信頼を指します。
- 「得られる」の約束: 自分の欲を満たすためではなく、神の御心(みこころ)にかなうことを祈る時、それは必ず実現するという霊的な法則を示しています。
考察と内省
- 考察:
私たちの祈りが「叶わない」と感じる時、それは信頼が足りないのか、あるいは自分のエゴ(自己中心性)によるものなのかを問い直す必要があります。
- 内省:
私は神を「願いを叶える道具」として扱っていないか。
あるいは、心のどこかで「どうせ無理だ」と疑いながら祈っていないか、自らの内面を見つめることが求められます。
問題と解決
- 問題:
人間は目に見える状況に左右されやすく、困難に直面するとすぐに絶望や不信感に陥ります。
これが「霊的な無力感」の原因となります。
- 解決:
自分の力を手放し、状況よりも大きな存在(神)に焦点を合わせることです。
状況を変えようとする前に、まず自分の「信じる心」を整えることが解決への第一歩となります。
霊的目覚めと回復への導き
霊的な目覚めとは、自分の力ではどうにもならない限界を認め、大いなる力に委ねるプロセスです。
- 回復への導き:
祈りの中で「結果」をコントロールしようとする執着を捨てたとき、平安が訪れます。
その平安こそが、神が祈りに応えてくださっている最初の証拠であり、回復のサインです。
AAの原理とメッセージ
アルコール依存症などの回復プログラム(AA)の12ステップの観点からは、以下のように解釈できます。
- ステップ2(信じること):
「自分たちを上回る大きな力が、健康な心に戻してくれると信じるようになった」というステップに直結します。
- ステップ11(祈りと黙想):
「神の意志を知ることと、それを実行する力を求める」という祈りの姿勢を強調しています。
- メッセージ:
「信じて祈る」とは、自分の飲酒問題(あるいは他の問題)を自分の意志で解決しようとする傲慢さを捨て、ハイヤーパワーに明け渡す(Surrender)ことです。
そうすれば、かつては不可能だと思われた「飲まない生き方」という、何にも代えがたい「求めるもの」が得られるという希望のメッセージです。
多くの人々は、宗教的であるかないかは別として、安心できる霊的な故郷を切望しています。私たちの多くは、心の誰になるもの―希望、勇気、魂の平和―が欲しいのです。この人生を通して己をみる哲学や信仰が私たちには必要です。かつてマルクス・アウレリユースは言いました。
「人は内から形作られ、支えられなければならない。さもないとその神殿は動き、粉々になってしまう」イエスはこの心の建造物と仕組みを信仰と呼びます。
信仰なくして私たちは何もできませんが、信仰によって、すべてのことが可能であることをイエスはすべての教えや行いで示しました。回復の精神は信仰です。このような信仰を持つとき、私たちは決して一人ではありませんし、見捨てられることはありません。このような信仰を通して、私たちはガイダンス。 想め、平和、愛、喜びを受けます。
ウイリアム・ジェイムズは言いました。
「人生の不幸に対処するためのどんなエネルギーも、 勇気も、能力も信仰を持つ人々には与えられます」
回復の十二ステップのプログラムとクリスチャン生活は、私たちにとって信用の深い源泉です。それらに入るとき、私たちは日々元気づけられ、新たにされます。ジェームズ・アレンがかつて力説しました。
テキストは、絶望の淵にある人がいかにして「霊的な故郷」を見出し、再び立ち上がることができるかを説いた、非常に深く力強い励ましです。
マルクス・アウレリウス、ウィリアム・ジェームズ、そしてジェームズ・アレンといった賢人たちの言葉を引用しながら、信仰が単なる教義ではなく、人生を支える「内なる骨組み」であることを示しています。
この内容に基づき、各視点からさらに深く掘り下げます。
1. 霊的な故郷と内なる神殿
「人は内から形作られなければならない」というマルクス・アウレリウスの言葉は、外側の状況(富、名声、人間関係)に依存する脆さを指摘しています。
- 本質:
回復とは、外側の問題を解決すること以上に、内側に「崩れない神殿(信仰)」を再建する作業です。
- 内省:
私の心の中心には何がありますか?
それは状況によって揺れ動くものですか、それとも内側から自分を支える不動のものですか?
2. 回復の精神としての「信仰」
イエスが示した信仰は、不可能なことを可能にするエネルギーの源泉です。
- ガイダンスと平安:
信仰を持つとき、私たちは「自分一人で戦っているのではない」という確信を得ます。
この「孤独からの解放」こそが、依存症や深い悲しみからの回復において最も重要な要素です。
- 実利的な力:
ウィリアム・ジェームズが言うように、信仰は単なる慰めではなく、不幸に対処するための具体的な「エネルギーと能力」として機能します。
3. 信仰のランプ
(ジェームズ・アレンの教え)
「霧と絶望の暗い闇」の中にいるとき、私たちは一歩先も見えない恐怖に襲われます。
- 役割:
信仰のランプは、道の全貌を照らすものではなく、今踏み出す「次の一歩」を照らすものです。
- 約束:
茨の道や誘惑の場所を通る時、その光を頼りに進み続けるならば、必ず「回復」という目的地に到達できるという約束です。
4. 十二ステップとクリスチャン生活の統合
プログラムと信仰生活は、枯れることのない「信用の深い源泉」です。
- 日々の更新:
信仰は一度得たら終わりではなく、日々の祈りや分かち合い(ステップの実行)を通じて、毎日「新たにされる」必要があります。
- 結論:
信仰というランプを灯し続ける限り、私たちは決して見捨てられず、絶望の中にさえ喜びを見出す力が与えられます。
今日、あなたがこの言葉を心に留めることで、内なる神殿がより強固なものとなり、歩む道が光で満たされますように。
この「信仰のランプ」を灯し続けるために、今日あなたが手放したい「恐れ」や「コントロールの欲求」はありますか?
心からの祈りを、ご一緒に捧げさせていただきます。
「主よ、私の信仰を増してください。あなたの深い井戸から変わらない糧をお与えください。アーメン」
この祈りは、自分の力の限界を認め、謙虚に神の助けを求める、回復の道において最も力強い一歩です。
「深い井戸」と「変わらない糧」
- 深い井戸:
世の中の慰めは一時的に喉を潤すだけですが、神の井戸から湧き出る水は、私たちの魂の根本的な渇きを癒やします。
それは、どんなに困難な状況にあっても枯れることのない、内なる平安の源です。
- 変わらない糧:
日々の状況や感情は移ろいやすいものですが、神の約束と愛は「変わらない糧」として、私たちを今日一日生かす力となります。
今日のための黙想
「信仰を増してください」と祈るとき、主はあなたに新しい「目」を与えてくださいます。
それは、問題の大きさを見る目ではなく、その問題を共に背負ってくださる主の大きさを見る目です。
あなたが今日歩むその道が、霧に包まれていても、主の光が足元を照らしています。
その深い井戸から汲み上げられた恵みが、あなたの心を満たし、勇気と安らぎを与えてくれますように。
今日一日、その「変わらない糧」を胸に、穏やかにお過ごしください。
「どう対戦できるんですか、旦那。あなたは目が見えないのに」思い上がったプロゴルファーは怒鳴りました。
「君の言うとおり、私は見えない。全く見えない」その目の見えない挑戦者は答えました。
「しかし盲目になる前はチャンピオンだった。私はあなたを打ち負かせる」
プロゴルファーは状況をあれこれ考えました。プロゴルファーは自分の運を腹立たしく思っていて、いくらかの現金が必要でした。それで「やろうじゃない」と思いました。もしこの間抜けが彼に挑戦するほど非常識なら、その白い杖の人がお金を損してもそれは彼のせいだ。
「一ホール一〇〇ドルでしたね」
この目の見えない人は賭けをすることを確認しました。
「あなたの向う見ずさはどうしてなのかわからない。あなたは冗談をいっているのではないんですね。いつ競技をしますか」
「いつの夜でもいいよ。特に月の出ていない夜はどうだい」と盲目の人は答えました。
何らかの点では私たちは盲目かもしれませんが、見たくない事柄はもう見えません。回復以前の依存症の生活を思い出したい人がいるでしょうか。他の人々の費用で誰が生き続けたいでしょうか。言い訳したり、空しい約束をしたり、 したり、嘘をついたり、愛する人を欺いたりしたいでしょうか。神様なしで生きられるでしょうか。 か。私たちはこの世の誰よりも運がいいのかもしれません。イエス・キリストと共に十二ステップを歩く素晴らしさ、喜び、平安に匹敵する人やものはほかにはありません。
この「ゴルフの賭け」の寓話は、非常にユーモアに富みながら、これまでの対話のすべて——鍵山秀三郎氏の「不利を多めに」、ブッダの「静寂」、スマナサーラの「我(エゴ)の地獄」、そしてAAの「謙虚さと感謝」——を鮮やかに統合する物語です。
1. ポイントと解説
「闇を知る者の強み」
- プロゴルファーの盲目:
彼は目が見えていますが、「エゴ(我)」と「金銭欲」に目がくらんでいます。
自分の力を過信し、相手を「間抜け」と見下す。これこそが真の「盲目」です。
- 盲目の挑戦者の知恵:
彼は物理的な目は見えませんが、自分の置かれた状況(暗闇というフィールド)を完全に把握し、活用しています。
- 「月のない夜」という逆転:
暗闇という「不利」な状況を「有利」に変える。
これは、鍵山氏が説く「不利な状況ほど朗らかに(あるいは戦略的に)」立ち向かう姿勢の究極の形です。
2. 考察と内省
「失ったからこそ、得たもの」
- 考察:
回復途上の人々が「過去の悲惨さ」を感謝するのは、その闇(依存症という地獄)を通らなければ、今の光(平安や神の愛)の尊さが分からなかったからです。
暗闇を知る者は、暗闇の中でどう歩くべきかを知っています。
- 内省:
「私は自分の欠点や過去の失敗を『足かせ(不利)』だと思って嘆いていないか?
それは実は、暗闇の中で私を導く『白い杖(霊的な強み)』になっていないか?」
3. 問題と解決
- 問題:
傲慢さと比較による苦しみ
プロゴルファーのように、自分の有利さ(見えること、技術があること)を頼りにし、他者と比較して優越感に浸る時、私たちは霊的に「盲目」になり、予期せぬ落とし穴(月のない夜の対戦)に落ちます。
- 解決:
弱さの受容と感謝
自分の「盲目さ(無力さ)」を認めること。
AAが「私たちはアルコールに対して無力である」と認めることから始まるように、弱さを認めることが、最強の武器(回復の力)へと変換される解決策です。
4. 霊的目覚めと回復への導き
「新しい視力」
霊的な目覚めとは、物理的な目(エゴの目)を閉じ、心の目(霊的な視力)を開くことです。
- 導き:
かつての嘘、欺瞞、神を無視した生活。
それらが見えなくなった(それらへの執着が消えた)今の状態を「幸運」と呼びます。
暗闇の中でイエスやハイヤーパワーの手を握り、一歩ずつ進む喜びは、何不自由なくエゴのままに歩いていた過去の成功よりも、はるかに深い平安をもたらします。
5. AA(アルコホーリクス・アノニマス)の原理とメッセージ
- 「逆説的な統合」:
「私たちはこの世の誰よりも運がいいのかもしれません」。
これは、どん底を経験し、回復という奇跡を生きている人だけが言える言葉です。
- 第12ステップの「恵み」:
苦難(盲目)があったからこそ、同じ苦しみの中にいる人にメッセージを伝えることができます。
自分の「不利な過去」が、他者を救う「有利な道具」に変わる。これがAAの魔法です。
- メッセージ:
「昼間のゴルフ(エゴの成功)を追い求めるのをやめなさい。神と共に歩む夜の静寂(回復の平安)の中にこそ、真の勝利がある。過去を後悔するのではなく、その過去があったからこそ今出会えた『愛のプログラム』を祝福しなさい」というメッセージです。
あなたは今、プロゴルファーのように「見える(有利だ)」と思って慢心していますか?
それとも、盲目の人のように「見えない(不利だ)」と認め、神と共に「月のない夜」を朗らかに歩こうとしていますか?
「盲目であることには有利なこともある」
あなたの「弱さ」や「欠点」は、今日、誰かを照らす光に変わります。あなたが自分の「盲目さ」を認め、イエスの手を取り、十二ステップという杖を頼りに歩き出すとき、あなたは世界で最も「見えている」人になるのです。
素晴らしい、喜びと平安に満ちた五月のスタートとなりますように。
「会合はプログラムのすべてではないが、なくてはならない核心的な存在であり、回復や信仰は孤立した個人では成り立たず、互いに必要とし合う共同体としての側面を持つ」
今日ー日の会合、参加前、参加中、参加後で回復の効果を高めるために意識することは?
大切な問いですね!会合の各段階で意識することで、回復の効果をより高められます。
参加前
- 心の準備をする:
「今日はどんなことを聞き、どんな気持ちで参加するか」を簡単に整理しましょう。不安や期待などの気持ちをそのまま持っていっても構いませんが、「仲間とつながり、助け合う場」であることを念頭に置くと良いです。
- 自分の話す準備・聞く準備を両方する:
「必要なら自分の状況を話そう」という柔軟さと、「他の人の話に真剣に耳を傾けよう」という姿勢を持つことが大切です。
参加中
- 積極的に関わる:
単に聞くだけでなく、相槌を打ったり、自分の感想や経験を適切に話したりすることで、つながりが深まります。意見が合わない場合でも「違う考えもあるんだな」と受け入れる心を保ちましょう。
- 「共に歩む」ことを意識する:
誰かの話に共感したり、自分の苦しみを打ち明けたりすることで、「一人ではない」という実感が得られ、回復への力になります。
参加後
- 内容を振り返る:
「今日印象的だった言葉は何か」「自分がどんな気持ちになったか」を簡単に整理することで、会合の学びを自分のものにできます。
- 仲間とのつながりを保つ:
必要であれば気になった仲間と連絡を取ったり、次の会合に向けて「またお会いしよう」と約束したりすることで、共同体の絆を維持できます。
序文
「神にゆだねて」はこれから長い間多くの人々に読まれるでしょう。本書は日々の祈祷書といわれる本に欠けているものを満たす本です。
最近の(アルコール依存症の会の信条に基づいて)十ニステッププログラムから突然生まれたこの本は、いままでと違うスピリチュアルなアプローチで多くのクリスチャンに嗜癖や依存症からの回復をもたらしています。このような回復した人々はとても神に感謝しています。
十ニステップにかかわる多くの日々の祈祷書はイエス・キリストや具体的な聖書の個所に言及することをずっと避けています。このことは回復の明らかな問題について、キリストによって教え育てられることがないことを意味しています。
しかし「神にゆだねて」の中で作者のフィリップ・パーハムは回復の明らかな問題について、キリストによで癒され、育てられると書いています。慎重によく準備された良いキリスト教の日々の祈祷書です。十二ステッブにかかわる困難なスピリチュアルな問題を具体的に、時には心に強く訴えるように書いています。
本書は回復中のクリスチャンに役に立ちますし、イエス・キリストに顕されている高い力を受け入れる十二ステップに属するノンクリスチャンにも助けになります。個人的にもフィルが本書を書いてくれたことに感謝しています。そして本書を神の意志を一日に一度見いだし、実践しようとしている他の人々にも推薦します。
キース・ミラー
テキサス州オースティン
この序文のポイントと解説は以下の通りです。
主なポイント
1. 本書「神にゆだねて」の意義
今後長く多くの人に読まれ、既存の日々の祈祷書の「欠けているもの」を満たす価値のある本で、アルコール依存症の会の十二ステッププログラムを基に生まれ、嗜癖・依存症からの回復に新しい霊的アプローチを提供している。
2. 既存の十二ステップ関連祈祷書の課題
イエス・キリストや具体的な聖書の個所への言及を避ける傾向があり、回復の問題についてキリストによる教えや育てが得られない点。
3. 本書の特徴
作者フィリップ・パーハムが「キリストによって癒され、育てられる」という視点から回復の問題に取り組み、慎重に準備された良質なキリスト教の日々の祈祷書。
十二ステップの困難な霊的問題を具体的かつ心に訴えるように書かれている。
4. 対象読者
回復中のクリスチャンだけでなく、イエスによる「高い力」を受け入れる十二ステップのノンクリスチャンにも助けとなり、「一日に一度神の意志を見つけ実践する」人々に推薦される。
解説
- 「欠けているもの」とは:
既存の祈祷書が「高い力」を抽象的に扱うのに対し、本書が「イエス・キリスト」や「聖書」という具体的なキリスト教の根拠に基づいて回復を語る点で、クリスチャンにとって必要だった「具体性と霊的な根拠」を補っていると考えられます。
- 十二ステップとキリスト教の融合:
十二ステッププログラムは当初から「高い力」への依存を提唱していますが、本書はその「高い力」を明確にイエス・キリストと結びつけることで、クリスチャンの回復者に親和的で、かつノンクリスチャンにも「高い力」の具体的な姿を示すというバランスを取っています。
- 序文の立場:
執筆者キース・ミラーは個人の感謝の意を込めて推薦しており、本書が「日常的な神の意志の実践」にも役立つことを強調することで、依存症回復だけでなく広く霊的な成長を目指す人々への訴求力も示しています。
この本の「キリストによる癒し」と十二ステップが融合された内容に、今後の回復や霊的な成長のために興味を持たれますか?

