ラーメン好きには、邪馬台国が発見されたのと同じ価値がある大ニュースがリニューアルされた新横浜ラーメン博物館で発表されました。
長らく日本で記録に残った最初にラーメンを食べた人は、民国の儒者・朱舜水が伝え、水戸黄門様が食べたのが定説になっていましたが……
徳川光圀公が1697年にラーメンを食べたとされる約200年前、室町時代の僧侶の日記『蔭涼軒日録』の1488年、僧侶が『経帯麺』を調理し振る舞ったとの記述があったとのこと。
同日記には『経帯麺』のレシピがあり再現したところ……
かん水を使うなど、現代の一般的なラーメンの麺の作り方同じとのこと。
『経帯麺』の由来は、書物を巻き止める紐のこと、下の画像左側が再現した『経帯麺』で右側が本物の書物の巻物の紐。確かに形状はそっくり。
新横浜ラーメン博物館の中野氏によると、邪馬台国が実はここにあった級の大発見。この例えにきっと邪馬台国研究家は悔し涙を流しながらラーメンをすすっているかも……
ちなみにスープは、坊主が作っただけに肉も魚も入っておらず、椎茸や梅昆布のダシと精進ラーメン?って感じですが、試食した人の感想は悪くないよう。
ちなみに、下の画像が水戸黄門さまが召し上がられたとされるラーメンを現代風にアレンジしたもの。
これについて『水戸藩ラーメン』を製造している川崎製麺所の川崎一男社長は『食べた人として黄門さまの名前が出てくることに変わりはなく、水戸藩ラーメンに影響はない』として黄門さまが食べたことに意義があるとして、決戦するつもりはないよう。
情報は個人の研究家からもたされたものとか。こういう金銭、名誉に全く関係ないところに情熱を傾ける人たちって、好きですねぇ。療養中でオーバーカロリーはOKなので、夜食にカップラーメンでも食いますかね!








