日本人のルーツを探るガマの草で作った船での、与那国島から西表島へ実験航海、西表島に漕ぎつくことは出来ましたが、実験はほぼ失敗、かえって謎が深まることに。
28時間かけて西表島に漕ぎ着きましたが、潮の流れが予想以上に早く、速度も時速2kmと遅かったために、約半分の距離を伴走船に曳航、進路を修正してもらったからです。
しかし、実験には失敗があって当然、逆に失敗に成功の種が隠されているとも言えます。
今回、方位も距離もわかっているのに航海に失敗したのは、一つには予想外に潮流が早く流されたため。
では、3万年前の人は、島の位置すらわからないのに、どうして漕ぎ着くことが出来たのでしょう?
草の船で渡ったとの仮説をたてた国立科学博物館の海部グループ長も『祖先たちの実像に迫りたいと思っていたが、逆に謎が深まった』と述べています。
3万年前はまだ氷河期ですから、いまより海面は後退していましたが、それでも、琉球弧の島々は離れ離れでした。一方、発掘調査から人が住んでいたことも確か。
どうやって、3万年前の人々が琉球弧の島々の存在と位置を知っていたかが一番の問題でしょうね。
トンデモ説的には、約150万年前には、琉球弧はほぼ陸伝いであったことが地質学的には証明されています。しかし、この時代にはまだ現生人類の直接のご先祖様は存在せず、誰が見ていたんでしょうね?
仮に3万年前の人類が何らかの方法で琉球弧の島々の存在を知っていたとして、航海するには、精度の高い航海技術が必要。
目的地が小島だけにヘイエルダールの実験のように、取り敢えず大西洋を渡ればOKではなく、高い精度で緯度と経度を知る必要があります。
ひょっとして、3万年前のご先祖様は、現在にも伝わるポリネシア航法を知っていたりして。そうすると、ご先祖様は必ずしも中国経由でないとも言えますね。
ますます、謎が深まり、暑苦しくなるので、専門家に丸投げとしましょう。





