戦艦「武蔵」は大和型2番艦、戦艦「大和」同様、当時、世界最大の戦艦でしたが、昭和19年9月、米軍のフィリピン上陸阻止を目的に、ブルネイからレイテ湾に向かう途中、シブヤン海で米軍の執拗な攻撃を受け、沈没。乗員約1000人が死亡しました。
しかし、激しい戦闘中だったので、「武蔵」の正確な沈没位置は、これまで不明とされていました。
ポール・アレン氏は大型ヨットを所有して、海底調査をしているとのことですが、「武蔵」探査が目的だったのか不明。
下の画像は、アレン氏が投稿した「武蔵」の艦首部分。専門家も形状から、ほぼ間違いがないとしています。
こちらはバルブとみられるもので「開」、「弁」の文字が見えます。
戦艦「武蔵」は、米軍の魚雷20本以上を受けて沈没したとも。大和型戦艦の強力な予備浮力と注排水装置について米軍は知らず、「武蔵」の両舷を攻撃したため、米軍の100機以上とも言われる爆撃・雷撃機の攻撃を受けても、致命傷とならず、浸水により静かに波間に消えました。
米軍はこの時の教訓を元に戦艦「大和」を攻撃する際は、徹底的な片舷攻撃を行ったので、「大和」は急速に傾斜、沈没と同時に大爆発を起こしました。
しかし、画像からすると、ひょっとすると、「武蔵」の方は、かなり原型を保って海底に鎮座している可能性もあるようです。続報に期待です。