かつて、ベルリンの壁のあった場所に15キロにわたり、8000個の白い風船が並べられ、旧東ドイツからベルリンの壁を越えようとして、殺害された人々を追悼です。
薄汚い共産主義者どもにより、射殺された人たちは、公式統計では少なくとも389人ですが、犠牲者のグループによると、死亡した数はそれより遥かに多かったとも。
旧ソ連最後の大統領ゴルバチョフ氏も招かれ、挨拶したとのこと。ベルリンの壁崩壊を見て見ぬふりをしたことにより、ゴルバチョフ氏は流血の惨事を避けたとして、ドイツ人から尊敬を集めているとか。
一方、旧ソ連の命令を忠実に実行、ベルリンの壁を越えようとした人たちを射殺しまくった旧東ドイツホーネッカー国家評議会議長は、旧ソ連に亡命したものの受け入れられず、一時ドイツに拘束されたものの、病気を理由にチリに亡命、そこで病死となりました。
哀れなイエスマン共産主義者の末路であったとも言えます。