堤清二氏は、戦前・戦後の大実業家、ピストル堤の異名を持つ堤康次郎氏の長男。
複雑な家族関係から東大在学中は日本共産党に入党したことも。
また、卒業後、父・堤康次郎氏の秘書をする傍ら、執筆活動を始め、辻井喬のペンネームで知られることに。
多彩な才能を見せる一方、父との確執から西武グループの総帥の座は、異母弟の堤義明氏に奪われることに。
これに反発して西武百貨店・西友・パルコを中核に、セゾングループを立ち上げ、新財閥形成に成功と思われましたが、バブル崩壊に借入金に頼った経営から、その後、グループは解体されることに。
その一方、執筆活動の評価は高まり、各種有名文学賞を受賞、朝日・日経新聞の新聞小説を執筆したことも。
やはり、作家と経営者の両立ってのは無理だったよう。惜しい人物でした。取り敢えず、合掌。