支倉常長の子孫ってのは、まだいたんですね。訪れたのは遣欧使節団を率いた支倉常長の子孫の支倉常隆氏。
コリア・デル・リオに遣欧使節団で、現地にとどまった日本人の子孫と言われる『ハポン』を名字に持つ人達が現在でも多数いるのだとか。
いわば400年ぶりの子孫たちのご対面に、支倉常隆氏も『町を上げた行事として、やってもらうことは子孫として光栄だし、本当にありがとうございます』と述べています。
それは大変結構ですが、支倉氏の家紋って『逆卍』なんですね。
調べてみたら、確かに『右卍に違い矢』(卍と斜め十字に組んだ矢が重なったもの)ですね。
支倉常長がローマで市民に認定されたときの紋章も同様でした。
卍は仏教では吉祥の文字とされ、キリスト教やその昔の古代ギリシャの時代から親しまれた文様。
しかし、ヒトラー閣下もご愛用していたので、現在のヨーロッパでは使用禁止になっているところもあるとか。
400年って時間は人間には長すぎる単位です。