晴耕雨読サッカーは、いつまで経っても良くわからないが、この監督はなかなかのものだったことは理解できましたよ。 監督を辞めたら『晴耕雨読』の生活をしたいのだそうだ。 引退したら、俗世を離れて自由気ままにと言う意味だ。中国あたりの偉人・英雄には、結構、業績を残したら、権力・財力を放り投げて、隠遁生活って言うパターンは珍しくない。 しかし、日本ではなかなか見つかりませんねぇ。ぱっと思い出したのは吉備真備くらいのものか。 それだけ、日本が貧しかった証しでもある。 『晴耕雨読』だからと言って、山ごもりしている必要はありません。たまには里に出て来て、一言物申すのも、また楽しからずやでしょう。