『天才の目指す山は険しすぎる』と思う。
なんの話かというと、つい先日、詐欺容疑で逮捕された小室容疑者のことだ。
小室容疑者について、珍しく朝日新聞ネット版が良い記事を書いている。
小室が飽きた小室サウンド
小室氏の活躍から転落をまとめた記事だが、気になるのは小室氏が『自分が築いたものに飽きた』の一文だ。
これについては、疑問がある。
小説、絵画、音楽などは『才能』がなければ、『商売』にはならない。
しかし、『才能』で商売している連中にも『凡才』から『天才』まで様々だ。
『凡才』とは、自分の能力の限界を知る人のこと。いつか才能の限界に気付き『諦められる』人たちだ。
『天才』とは、自分の限界を知らない人たちだ。音楽関係では、たとえばモーツァルトみたいに早熟にして、次々と成功を続けていく天才が割と多いように思う。
小室氏もその一人だったのだろう。
しかし、『天才』といえども、いつか山にぶち当たる。そして、この山は『凡人』が諦めた『山』より、遙かに高く、険しい。
小室氏の転落の原因が海外進出にあったのは確かだろうが、上記の記事では『新たな挑戦』もしていたらしい。
小室氏が、新たな、より高い、より険しい目標を目指していたの確かだろう。
しかし、残念ながら、そこで彼の天運が尽きたようだ。
いかに『天才』といえども、『天運』に逆らえないのは、歴史書を紐解けば枚挙にいとまがない。
早期に事業を整理していれば、こんな結果にならなかったろうが、音楽は天才でも、事業家としては凡才以下だったということだから仕方ない。
再起と『挑戦の続き』を願う。