下手の横好きで小説書いてるくらいだから、小説は大好きだ。
しかし、『乱読系』なので、ほとんど一人の作家について数冊しか読んでいない。
まあ、読み込んでいると言えるのは、星新一先生と立原正秋先生くらいだろう。
今でも立原先生ファンは多いから、ご存じの方も多いだろうが、現代作家でありながら、これだけ履歴、来歴に不明な作家も珍しいのではないだろうか。
それはさて置き、立原先生のエッセイにあった、ある文章が長いこと気になっていたのだ。
それが、今週、さまのブログを拝見しているうちに発見してしまったのだ。
そして、問題の文章が、これ……
『幻の杏子の花』と題する、数ページのエッセイだ。矢口純氏から、信州に杏子の花を見に行かないかと誘われたが、地名は忘れてしまったとある。矢口氏と約束したが、予定がとれない立原先生は、弟分の高井有一氏を、『杏子』見物に誘う。
ちょっと記憶違いをしていたが、立原先生が上田から塩田を旅したときは、すでに実になっていて、咲き誇る『杏子の花』は見ていなかった。
しかし、矢口氏から『杏子の花』の見事さをきかされた、立原先生はなんとしても花の季節に行きたくなったらしいが、矢口氏から場所は聞いていなかった。
高井有一氏にどこにあるのか?と聞かれて、立原先生は『場所は僕も知らないんだ。とにかく杏子の花があることだけは確からしい』(萩へ津和野へ メディア総合研究所刊から引用)と、答えて、高井有一氏が呆れかえったそうだ。
同様の話が、高井有一氏のエッセイにもあったように記憶しているから、多分、事実なのだろう。
「今年の春は、信州に杏子の花を見物に行こう」(萩へ津和野へ メディア総合研究所刊から引用)と思っていたようだが、立原正秋先生は、このエッセイを書き上げてから僅か9年後、急逝することになる。
もっと早く、書いておきたかったのだが、資料探すのに時間がかかりました。
ここのところ、無駄仕事でお疲れ気味だったので、丸一日かかっちゃいましたよ。
さまには改めて御礼申し上げます。

